「感情リテラシー」をはぐくむ――赤ちゃんの泣き声と感情リテラシーの発達

「自分の感情に気づく」「他者の気持ちを想像する」「気持ちを言葉で伝える」といった、感情に関する基礎的な力を育むことは、単に感情の安定をもたらすだけでなく、今の時代を生きる土台となる。世界でも注目のSEL(社会性と感情の学習)と感情リテラシーの育て方について第一人者が丁寧に解説。

発達/発育

法政大学文学部心理学科教授。教育学博士
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子どもの笑い声

少し飛躍になるかもしれませんが、こうした赤ちゃんの素晴らしい能力について、妊婦さんや父親や母親の教室で教えてみてほしいものです。

赤ちゃんの泣き声を聞くのがたまらない、と子育てを放棄してしまう事件を耳にするにつけ、赤ちゃんの感情表現の素晴らしさを知ってもらっていたら、と思うのです。

赤ちゃんの泣き声だけでなく、私が注目したいのは、子どもの笑い声です。

子どもだけができる、内臓がひっくり返るような笑い(gut-busting laughter)について、みなさん気づかれたことはないでしょうか?

げっらげっら......という感じです。もうこれは、大人にはできません。

大人にとって懐かしく、子どもがときおり見せる、呼吸が追いつかなくなるほどの爆笑は、また、うらやましくさえ思える情動表現です。

このような笑いは、単に面白いことへの反応にとどまらず、子ども期特有の神経発達と、情動処理能力の可塑性を反映しています。

まず、子どもの笑いの特徴は、「抑制のなさ」にあります。

前頭前野(prefrontal cortex)に代表される抑制機能が未発達な幼児期には、感情が即時的に、そして身体全体を通して表出される傾向があります。

これにより、楽しさや驚きが即座に「大笑い」となって噴き出します。

これは、情動の純粋性と可塑性の表われであり、大人がしばしば感情を制御するのに対して、子どもはその瞬間の感情に全身を預けることができるからと考えられます。

このような身体的な笑いの爆発は、内受容感覚(interoception)や自律神経系の反応とも深く関係しているのかもしれません。

大笑いするとき、横隔膜が収縮し、涙腺が刺激され、呼吸が断続的になります。

これらは、情動が身体を通じて表現される生理的プロセスであり、子どもの笑いは、このプロセスが未分化な形で顕在化したものであると考えられます。

さらに、この笑いには、感情リテラシーの萌芽が見られます。

笑いは社会的な感情の共有行動であり、笑いを通して他者と「共鳴」する体験が、子どもの共感性(empathy)や情動調整(emotionregulation)を育むと考えられます。

そのため、大笑いは、単なる情動の放出ではなく、情動を共有し、調整し、安心できる場で他者とつながるという社会的な文脈の中でこそ成立するように思います。

このような視点からすれば、「内臓がひっくり返るような笑い」は、子どもにとっては、自分の情動を全身で知覚し、他者と共有しながら、感情のレパートリーを拡大していく過程そのものといえるのかもしれません。

この体験の積み重ねこそが、将来的な情動認識、情動制御、共感的理解の基盤を形成していくのです。

一方で、大人になるにつれて、笑いが「品位」「場の空気」「社会的な役割」などによってフィルターされ、爆発的な笑いが次第に姿を消していくのは、情動の「成熟」と同時に、「抑制」の結果でもあるのでしょう。

子どもが自由に笑っているのを見守り、共有し、言葉にしていく営みは、感情リテラシーを育てるうえで、極めて重要な意味を持つと思いますが、どう思われますか。

こうした笑いが、日本の小説の中でどのように描かれているかを探ってみました。作家の中にも、その表現には苦労している方がいるように思われます。

宮沢賢治の「やまなし」では、「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。クラムボンは跳ねて笑ったよ。」という文章を書いています。

川底の水泡が弾けるような音を、「かぷかぷ」というオノマトペで表現し、無邪気で弾む笑い声を描いています。

童話の中では、このような独創的な擬音語が用いられ、笑い声の勢いや楽しさを感じさせています。

詩人で有名な金子みすゞの「わらひ」には、「ぱっと花火がはじけるやうに、おほきな花がひらくのよ。」とあり、笑い声の粒が一斉に花火のように弾け、大輪の花が咲いたや否や、地面に落ちるような感じをうまく表わしています。

子どもの笑い声の明るさと華やかさを表現し、無邪気な笑いが周囲をぱっと明るくする情景が目に浮かぶ描写です。

他にも、「玉を転がすような笑い声」という表現が登場したりします。

転がる玉(ビー玉や小石など)のコロコロと澄んだ音を思わせる描写で、笑い声の軽やかさと弾けるような響きを巧みに言い表わしています。

「ばらまいた鈴が跳ね回るような、底抜けに明るい笑い」「ひっくり返った鈴たちが、あちこちで騒ぐような笑い声」「陽気な鈴が転げまわるような、止まらない笑い」「腹の底から湧き上がってきたようなグフグフとした笑い声」「ゲハゲハと、音が体内から転がり出てくるような音」「わんぱくに跳ねるような笑い」なども考えられ、子どもの笑い声の持つ無邪気さや底抜けの明るさが伝わってきます。

こうした文章からは、読者は子どもたちの生き生きとした笑いが聞こえてくるような臨場感を味わうことができます。

PROFILE

法政大学文学部心理学科教授。教育学博士。

渡辺 弥生

大阪生まれ。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだ後、筑波大学、静岡大学、ハーバード大学客員研究員、カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員を経て、法政大学文学部心理学科教授。同大学大学院ライフスキル教育研究所所長。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。社会性や感情、道徳性の発達研究と対人関係の問題行動の予防やソーシャルスキルトレーニングに力を入れている。最近は、ソーシャル・エモーシショナル・ラーニングの教育支援のもとに幼児や大人までを対象に教育実践も行っている
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法政大学文学部心理学科教授。教育学博士

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