「感情リテラシー」をはぐくむ――繊細さん・鈍感さんと「感情リテラシー」

「自分の感情に気づく」「他者の気持ちを想像する」「気持ちを言葉で伝える」といった、感情に関する基礎的な力を育むことは、単に感情の安定をもたらすだけでなく、今の時代を生きる土台となる。世界でも注目のSEL(社会性と感情の学習)と感情リテラシーの育て方について第一人者が丁寧に解説。

学校

法政大学文学部心理学科教授。教育学博士
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「感情を重視した危機予防」の重要性

日本の学校では、「危機を防ぐこと(予防)」に、もっと時間やエネルギーが使われるとよいと思っています。

たとえば、いじめの件数や不審者の情報など、「目に見える事実」はしっかりと記録されますが、「そうしたことが起こったとき、子どもがどんな気持ちになるか」や、「強い不安や恐怖で正しい行動ができなくなるかもしれない」といった、子どもの心の動きに、もっと目が向けられるべきだと思うのです。

そうした気持ちの面もきちんと考えながら、「現実的にできる予防策」を用意しておくことがとても大切です。危機予防に必要なのは、「安心」「安全」です。

教師の仕事量の多い日本の学校では、どうしても、目の前の仕事が多く、それに対応することに追われます。

そのため、「起きてから対応する(事後対応)」ことが中心になります。

いじめや自殺、不登校なども、問題が大きくなってからようやく動き出すことが多いのです。

しかし、いったんいじめの重大事件にまで及んでしまうと、もう学校が学校としての機能

を停滞せざるを得ないほど、加害者や被害者、それぞれの家庭、教員間の関係などが、機能不全のような状況になりがちです。

また、どんなに時間を割いても、「スッキリ」「円満に」解決するということはありません。

こうした事態に直面してしまうよりは、やはり、予防、未然防止にエネルギーを注ぐ方が、本来の学校の機能を運営できると考えます。

繰り返しますが、安全と安心が、まずは第一なのです。

介入が追いつかないような状況を経て、アメリカでは、「危機が起きる前に備えること(予防と準備)」が重視されるようになり、スクールサイコロジスト(学校心理士)などを中心に、あらかじめ対応できる体制や具体的なスケールが整えられています。

ここで、少し思い出してみてください。新型コロナウイルスが最初に日本に来たときのこと。横浜に寄港した大型客船の中で、何が起きていたか覚えていますか?

映画にもなっていますが、あのとき、私たちはとても大きな不安と恐怖を感じていたはずです。

そして、その大きな不安や恐怖は、偏見や差別を生み、病院や行政などを責め立てたり、ワクチンの是非がわからなくなったり、混乱に陥ってしまいました。

そうした人間の感情からくるパニックを事前に予測し、現実的に安心な環境に常にいられるような予防策を考えておくことが不可欠です。

こうした「予防」という観点から考えると、教育現場で、感情や心のサインに着目した取り組みは、未だ体系的に行なわれていないように思います。

個々の先生によっては心がけられていると思いますが、組織としての体制が明確にされていない学校も多く、どうしても児童生徒の感情の揺らぎやSOSの兆候が見逃されやすくなっています。

「感情をコントロールしなさい」「我慢しなさい」といった指導は命令形になっていますが、指導の中身が抜けていると思います。

どうやって感情を調節できるのか、そのこと自体を学ぶ方法とコンテンツが大切です。うわべの規律を重視するのではなく、気持ちに寄り添う、内面を優先した教育風土を創出したいものです。

また、教員自身が心理的サポートを受ける機会が少ないため、心身の疲労が蓄積し、結果として二次被害(過剰な叱責や対応ミスなど)を引き起こす温床になることもあります。

特に必要なのは、有能な人材のパフォーマンスを最大化する組織のモデルを確立することだと思います。

さまざまな自治体で研修が計画され、熱心に学ばれている方々が多いので、教員、スクールカウンセラー、管理職、保護者の間での情報共有や、連携するためのノウハウが、自治体を超えて日本から発信できるようなシステムができるとよいと願っています。

「チーム学校」という言葉が掲げられていますが、実際には「チーム」としての一体感という感情を共有できないと、何か問題が起きたとき、人がたくさんいる分だけ、各所で混乱が生じやすくなります。

学校危機予防ツール

それでは、具体的にどのように「備え」ればよいのでしょう。

たとえば、学校危機予防ツールを使って、学校の実態を理解することから始めることができます。

そこから見えてくる学校の弱さや強さを理解して、強いところは維持・伸ばし、弱いところは備えていくわけです。

学校危機予防ツールを次に紹介します。

危機を予防するためには、6つの領域、「連携」「価値観」「組織」「環境」「カリキュラム」「研修」について備えることが必要と考えられています。

このツールは、教員がいずれの観点にどれくらい満足しているかをチェックするものです。

2023年の研究では、組織的取り組みの不十分さが強く認識されていることや、役割・職務分掌、校種間では、各領域においてこうした満足度に違いがみられています。

このツールでは、各領域について問う項目が、10~11項目あり、各項目について、(1)まだ十分でない、(2)やや十分でない、(3)まあ十分である、(4)かなり十分である、の4件法で回答します。

こうしたツールを用いると、「うちの学校では、みんながカリキュラムに不満を抱いている」など、学校風土を理解することができます。

その上で、満足できるようにするために、どのように改善していくかを考え、具体的に行動できれば、危機予防の備えになります。

子ども一人ひとりの成長は、こうした学校風土やクラスの雰囲気に影響されています。

ゆったりした雰囲気に浸かる(savoring)、まったりと和むといった感情を楽しむようなことができてこそ、ワクワクとした学びが開かれていくのです。

そのため、こうしたツールを用いて、安心、安全、そして、楽しさ、やりがいなど、感情を豊かに耕していくことが重要だと思います。

さらに、2022年に改定された生徒指導提要に加えられた「ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL=社会性と感情の学習、第2章で詳述)」という教育的な枠組みを共有し、具体的な感情リテラシーの育成につながるカリキュラムを考えてみることが求められます。

資料1-2 学校危機予防ツールのうち、「組織」についての項目例

〈組織〉
(1)学校危機予防の予算がある。
(2)入学式などで学校危機予防について説明している。
(3)学校危機を予防するために日課などが精査されている。
(4)規則そのものが混乱を招いていないかをチェックしている。
(5)生徒会など生徒自身が危機予防を考える機会をもっている。
(6)必要なときに援助や助言を得ることを奨励している。
(7)被害者や加害者を早期に把握できるようなエ夫をしている。
(8)危機予防の方針が遂行されているか調査している。
(9)学校スタッフすべてが危機予防について精通している。
(10)学校スタッフすべてが子どものSOSサインにアンテナをはっている。

そして、教職課程・研修で、「心理的安全性」や「感情への対応」を含む具体的な取り組みを考えていきます。

学校に関わる人が、さまざまな危機にどのように対応するか、組織が明確になり、動きをシミュレーションすることが予防につながります。

子どもたちの毎日は、忙しく、驚きや落胆、ストレスの連続の日々だと思います。

ジェットコースターのような感情を体験しながらも、自分を御する方法を知らないことが少なくありません。

こうした自分をコントロールするスキルを獲得できるように、心のカリキュラムを考えることが必要です。

感情リテラシーは、感情をゼロにしたり、マイナスにすること、抑制することではありません。

人として大切な感情を、もっと豊かに表現してもよいと思います。

ただし、重要なのは、表現であり、理解であり、調節するスキルです。

この本の後半でもさまざまに紹介しますが、登校したときに、自分の気持ちに注意を向けるチェックインシートや、感情日記など、自分のありのままを冷静に捉えるように促します。

そして、安心した気持ちになるためのマインドフルネスや、ワークなどを活用して、不安定な気持ちがあっても調整できることを教えることができます。

PROFILE

法政大学文学部心理学科教授。教育学博士。

渡辺 弥生

大阪生まれ。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだ後、筑波大学、静岡大学、ハーバード大学客員研究員、カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員を経て、法政大学文学部心理学科教授。同大学大学院ライフスキル教育研究所所長。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。社会性や感情、道徳性の発達研究と対人関係の問題行動の予防やソーシャルスキルトレーニングに力を入れている。最近は、ソーシャル・エモーシショナル・ラーニングの教育支援のもとに幼児や大人までを対象に教育実践も行っている
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法政大学文学部心理学科教授。教育学博士

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