「ちがいを認め合う」という経験
育児書を1000冊以上読んだ児童文学作家が実践した、 子どものやる気を育む声掛け方法。
しつけ/育児
みんなとちがう、と言われたら
豚みそおにぎり
「ちがいを認め合う」という経験
幼稚園から帰ってくると、息子はぷっと頬をふくらませて、こう言ったのでした。
「おにぎりに、ぶたみそ、いれるの、やめて!」
豚みそとは豚ひき肉に砂糖やみそを加えて煮詰めた鹿児島の伝統的な常備菜です。
おにぎりの具に、こういう甘辛くてこってりしたものを選ぶのが、私にはないセンスといいますか、父親がおにぎりを作るのもレパートリーが増えていいものだな......と思っていました。
しかし、息子は不満げな様子です。
なにがあったのか、くわしく話を聞いてみることにしました。
「ようちえんでね、くいず、してるの」
「クイズ? どういうクイズ?」
「おにぎりを、あてるの」
「ああ、おにぎりの具はなにかな、ってクイズを出しっこしているんだね」
「それでね、ぼく、ぶたみそっていったら、みんな、『そんなん、しらん』『きいたことない』っていうの」
しょんぼりとした口調で、息子は言いました。
「ずるって、いわれる。だから、いれないで」
どうやら、おにぎりの具をあてるクイズにおいて、息子の答えが「豚みそ」というレアな存在だったので、ほかの子たちから文句を言われて、落ちこんでいるようです。
はてさて、どうしたものか。
集団生活において「みんなとちがう」ということは、トラブルのもとになりやすいです。
ダンナに事情を伝えて、ほかの子が知らないようなものは使わず、無難なおにぎりの具を入れるようにしてもらうのも、ひとつの手ではあるでしょう。
しかし、息子には「ちがいを認め合う」という経験をしてほしいなと思ったのです。
なので、私は言いました。
「みんなが知らなくても、豚みそのこと、きみが教えてあげたらいいんだよ。豚肉の入っているおみそで、とってもおいしいんだよ、って。そうしたら、みんなにとっても、今度からはもう『知っている食べ物』になるんだから、ずるじゃないよ」
息子はいちおう、納得したようでした。
「わかった! そうする!」
それからは機嫌よく、豚みそのおにぎりを持っていっているのでした。
そして、後日
「ぼく、おにぎり、じぶんで、つくりたい!」
息子がそう言い出したので、休みの日の朝から、おにぎりを作ってもらうことになりました。
ボウルに水を入れて、小皿に塩を出して、海苔もちょうどいい大きさに切って、準備万端。
両手できゅっとおにぎりを握る息子のすがたは、なかなか、さまになっています。
「おお、上手だね」
私が声をかけると、息子は得意げな笑みを浮かべました。
「だって、えんちょうせんせいに、おしえてもらったんだもん」
息子が通う幼稚園では、お誕生日会という行事があり、園長先生といっしょに、おにぎりとみそ汁を作ることが恒例となっているのでした。
「はい、おかあさんに、あげる」
おにぎりができると、息子は私に差し出しました。
「たべて」
小さな手で握った、小さなおにぎり。
具はなんにも入っていない塩むすびです。
そのおにぎりを頬張った途端、私は泣きそうになりました。
自分が知らないところで、息子におにぎりの握り方を教えてくれたひとがいることに、感謝の思いで胸がいっぱいになって......。
集団生活で、傷つくこともあれば、学ぶこともあります。
私は息子をみんなと「おなじ」ように育てていません。
でも、だいじょうぶ。
いろんなひとに支えられ、息子は成長をしているのです。
息子が握ってくれたおにぎりは、これまでに食べたどんなものよりも、おいしくて、忘れられない味となったのでした。
『子どもをキッチンに入れよう! 子どもの好奇心を高める言葉のレシピ』藤野 恵美 (著)・ポプラ社刊(p62~p66)より抜粋
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