自由であることだけが幸せとは限らない
育児書を1000冊以上読んだ児童文学作家が実践した、 子どものやる気を育む声掛け方法。
しつけ/育児
自由であることだけが幸せとは限らない
バスツアーとわらびご飯
5歳にして、息子には「行きつけの店」ができました。
日本料理のお店ですが、すっかりお気に入りで、事あるごとに食べに行きたがるのです。
あるとき、お昼の日替わり定食を食べていると、息子はお店の壁に提示物を見つけました。
「なに、あれ?」
興味を示した息子に、板さんが答えます。
「バスツアーの案内やで。今度、バスで山菜を採りに行くから。来るか?」
それを聞いて、息子は目を輝かせます。
「いきたい!」
考えてみれば、これまでの人生で、私はバスツアーなるものに心を惹かたことなど一度もありませんでした。
基本的に、集団行動が苦手なのです。
「ねえ、おかあさん、いこうよ!」
息子は熱心に、そう主張します。
「はるやすみの、おでかけ!」
追い討ちをかけるように、息子はそんなことを言いました。
もうすぐ春休みですが、私はこのところ仕事に追われており、楽しいお出かけの計画などまったく立てることができない状態だったのです。
このままでは、息子はなにも予定のない春休みを過ごすことになりそうで......。
「子連れでも参加できるような感じなのでしょうか?」
いちおう、板さんにたずねてみたところ、にこやかな笑顔とともに答えが返ってきました。
「ええ、子どもさんも大歓迎ですよ。いまのところ参加を希望されているのはご年配のお客さんが多いですけど、でも、うちの娘も参加するんで、ぜひ」
板さんの娘さんは、小学1年生だそうです。
春休みにはどこにも出かける予定がなかったので、ちょうどいいかな......と思って、参加を決めたのでした。
いろんなひとに助けられて子育てをする
そして、山菜採りバスツアーの当日。
実は、申し込みをしたあと、仕事がますます忙しくなり、バスツアーのことをさっぱり忘れていました。
はたと気づけば、スケジュール帳に「山菜採り」の文字があり、朝からバタバタと準備をして、待ち合わせ場所へと向かったのでした。
バスツアーに行こうと決めたときには、まさか、こんなに仕事が切羽詰まって、スケジュールが厳しいことになっているなんて思いもせず、ああ、なんで、この忙しいときにバスツアーなんぞに行かなければならんのだ、と予定を入れてしまったことをちょっと後悔しないでもなく......。
しかし、息子は楽しそうです。
バスの席では、板さんの娘ちゃんのとなりに座って、いろんな話をしています。
ほかのお客さんたちは年配のご夫婦や女性グループが多く、まさに子育ての先輩という感じで、子連れで参加しても迷惑がられることはなく、むしろ、可愛がってもらえました。
息子は「何歳?」「うちの孫とおなじくらいやわ~」と声をかけられ、「ええもん、あげよか」とお菓子をいただくなどして、すっかりなじんでいたのでした。
バスは山道を走り、トンネルを抜け、ついに目的地につきました。
そこからは、徒歩で進んでいくので、バスを降ります。
バスから窓の外を見て、私は驚きました。
もう春だというのに、雪が残っていたのです。
山菜は、雪解けと同時に芽を出すもの。
つまり、まだ雪が残っている場所こそが、山菜採りには適しているのでしょう。
息子はもう、大興奮。
バスを降りると、一直線に、雪へと向かっていきます。
「わあ、ゆきだ、ゆきだ!」
そろそろ春の気配を感じるころなのに、思わぬところで雪遊びができて、うれしそうです。
しかし、私はそのとき、自分の失敗に気づきました。
ああ、着替え、持ってくるの、忘れた......。
このところ忙しくて、頭が子育てモードではなく、仕事モードになっていたので、準備がおろそかになっていたのです。
そして、案の定、雪の上でつるりと滑って、泥だらけになる息子.......。
子育ての先輩たちからは「着替えは?」「えっ、持ってきてへんの?」「あかんやん。子どもは汚すもんやねんから、絶対にいるやろ」と突っ込まれまくりでした。
ちなみに、ナイーブなひとだと、この「大阪のおばちゃん」たちの容赦のないツッコミに、失敗を責められているように感じて、自分は母親失格だなんて思ってしまうかもしれませんが、いちいち、へこんでいては切りがないです。
私は自分を「しっかりした母親」「できる母親」だとは思っていないので、ミスはあるし、それを指摘されても、はい、まったくもっておっしゃるとおりで......という感じで、受け入れていました。
虚勢を張らず、親として未熟であることを認めて、まわりに手助けしてもらって、なんとか子育てをしているのです。
このときも、タオルを貸してもらったり、靴下が乾くまで息子を抱っこしてもらったりと、いろんなひとに助けられて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
バスツアーに参加していた男性に「子守りがようけおって助かったな」と言われたのですが、本当に、子どもといっしょに行動していると「赤の他人の親切」に感動することが多いです。
山菜の生えている場所を見つけたひとが「ほら、ここにあるで」と教えてくれたり、子どもたちに優先して採らせてくれたりして、わらびやふきのとう、いたどりなどをたくさん収穫することができました。
くせのある山菜も、板さんの腕のおかげで、子どもでも食べやすい料理になり、息子はぱくぱく食べていました。
やりたいことだけだと世界が狭くなる
その場で使いきれなかった分は、お土産です。
わらびをビニール袋いっぱいに持って帰ることになり、正直なところ、私は途方に暮れました。
だから、仕事が忙しいんだってば......と涙目になりながらも、インターネットで下処理の方法を調べ、灰汁を抜いて、翌日はわらびご飯です。
山菜は下処理も面倒くさいし、自分から手を伸ばすことはなく、ふだんは調理しようなんて思いません。
しかし、作ってみると、わらびご飯は香りがよくて、ほんわかとした味わいで、心がなごみました。
仕事だけに没頭していればよかった日々とはちがって、子育てをしていると面倒なことも多いです。
バスツアーなんて、息子が行きたいと言わなければ、絶対に参加しなかったでしょう。
疲労感はありましたが、山菜採りに行った経験は得がたいもので、楽しい思い出になっています。
自分の好きなものだけ選んで、やりたいことしかやらなければ、世界が狭くなってしまうかもしれない。
息子といっしょにいると、自由であることだけが幸せとは限らないんだな.....ということに気づくのでした。
『子どもをキッチンに入れよう! 子どもの好奇心を高める言葉のレシピ』藤野 恵美 (著)・ポプラ社刊(p202~p210)より抜粋
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