「すぐ使える心理学」――アドラー流子育て 自己有用感編
言うことを聞かない子どもにイライラ。 怒鳴ってばかりの自分がイヤになる。 そんな親御さんに、何が子どもの自立心を伸ばすのか、 どうすれば子育ての日々を満ち足りて幸せに過ごせるか、 アドラー心理学が行動のヒントを与えてくれます。「すぐ使える心理学」で子どもと今日から心地いい関係づくり。
しつけ/育児
「早くしなさい!」「ダメ!」とつい怒鳴って疲弊していませんか?アドラー流子育てのカギは、「親子の課題を分けること」と「勇気づけ」。指示・命令を手放し、子どもを信頼して自立を促す50の習慣を伝授。
三宅 美絵子著書『アドラー流子育て 50の習慣』から一部転載・編集してお届けいたします。
\アドラー流子育てで/
ご機嫌な家では信頼して課題を分ける、
不機嫌な家は心配して課題に口を出す。
「いつまでやっているの!ゲームはもうやめなさい!」
「まだ、やっていないの?早く宿題やりなさい!」
「いい加減に部屋を片づけなさい!」
ゲームをやめないことで、冷めたご飯を食べることになるのは誰でしょう?
宿題に取りかからないことで、学校で気まずい思いをするのは誰でしょう?
部屋が散らかっていて、必要なものが見つからずに困るのは誰でしょう?
アドラー子育てでは、親子の課題を分けて考えます。
子どもが「責任を果たす経験」を積むためのプロセスとして、まず「誰の課題か」と分けることをスタートにしていきます。
子どもの行為の結果が、最終的には子ども自身にふりかかり、親にはふりかからないとき、それは「子どもの課題」です。
親が口出ししたり、手伝ったりしなくてもいいのです。
一方、「きょうだいで仲良くしてほしい」「この学校に進学してほしい」などの親の期待通りに動いてほしい、やきもきするなどの感情は、「親の課題」です。
子どもの課題と分けて捉えることで、イライラしたり、やらないことが気になってイチイチ声をかけて忙しくなったりすることが減っていきます。
実は親が子どもに指示や命令する口調で伝えていることの多くは、言わなくていいこと。
つまり、「子どもの課題」であることがほとんどなのです。
自分の課題だと自覚がない子どもは、親に言われないことをラッキーとばかりに、永遠にゲームをし続けるかもしれません。
それに対して親が、「冷めたご飯を食べて当然。」「朝起きられないで遅刻すればいいのよ。」と、課題を分けることを罰のように適用すると、親子関係は悪くなっていきます。
子どもが、「自分は解決できる力があると信頼されている」から、「自分の課題として任されている」と感じられるように、勇気づけることも同時にしていくことが必要です。
「いつまでやっているの!ゲームはもうやめなさい!」
→「あと20分でご飯できるから、時間見て自分で来てね。」(コントロールできる子どもの力を信頼している)
→「時間を気にして、ゲーム終わりにできたんだね。」(勇気づけ)
「まだ、やっていないの?早く宿題やりなさい!」
→「今日は、もうゆっくりできるの?」(宿題をやっていないことが前提ではない、自分で決められる)
→「宿題、もうやっちゃったんだ!早めに終わってると気が楽だね!」(勇気づけ)
「いい加減に部屋を片づけなさい!」
→「明日ゴミの日だから、捨てるものをまとめておいてくれる?」(子どもが協力してくれることを信頼している)
→「助かったよ~。お部屋もスッキリしたね。」(勇気づけ)
このように、「子どもの課題」として線引きして終わりにするのではなく、自立に向かう経験を積む場として、親は協力する姿勢を示しましょう。
そして、子どもの行動に勇気づけをしながら、行動をサポートしていきます。
しかし、親が誰の課題なのかをはっきりと理解していないと、いつまでも「協力」という名のもとに子どもの課題に踏み込み続けることになり本末転倒です。
子どもが自分の課題だと認識できたら、あとは子どもに任せましょう。
たとえ失敗したとしても、失敗から学ぶ経験の大きさは、親には教えられないことです。
子どものこれからの人生には、もっともっと大きな課題に立ち向かわなければならないことが起きてきます。
そのときに、自分の決断に責任を持てるように協力することで、自立を妨げないようにしましょう。
\アドラー流子育てで/
ご機嫌な家では決めたことは任せる、
不機嫌な家はくり返し確認や念押しをする。
「ちゃんと向きは確認したの?」
夕食の準備でお箸を並べてくれた子どもに念押しをしたり、指示をしたり。
私たちはなぜ、子どもが自分で決めて行動していることに、つい口を出してしまうのでしょうか。
もちろん、子どもがまだ知らないマナーやTPOに合わせた行動を教えたり、安全面を確保したりすることは必要です。ただしその際に、
・マナーだと言いながら、親の価値観の押しつけになっていないか
・周りから親である自分がどう見られるかを気にし過ぎていないか
・やるなら完璧でなければ意味がないと思っていないか
・親の想定通りにできていないことには価値がないと感じていないか
・自分のやり方が一番正しいと思いこんでいないか
などについて、言葉を発する前に自分自身に問い直す必要があります。
親が必要以上に確認をくり返したり、子どもだから仕方ないと軽んじたりと、過保護や過干渉の関わりを続けると、子どもは自分の判断に価値がないと感じます。
そして、自信や「役に立とう」という意識を持てなくなってしまいます。
アドラー心理学では、自分の行動から生じた結末を、自分自身の選択の結果として体験することを「成長の機会」と捉えます。
子どもが、「自分の課題」として請け負うのです。
我が家の息子が小学2年生のとき、ある朝、Tシャツもズボンも靴下も靴も赤という出で立ちで、意気揚々と登校しようとしていました。
スーパー戦隊シリーズが大好きだったので、中心メンバーの赤(レッド)をイメージしたのでしょう。
周りの目も気になり、正直、「全身、赤で行くの?」と止めたい気持ちでした。
でも、本人は誇らしげで、とても満足そうな様子です。その姿を見て、
「今日は真っ赤なんだね……」
と、「………」に込めた意味をくみ取ってほしいと思いながら送り出しました。
その日の夕方、同級生のお母さんから
「今日、真っ赤だったけどいいの?」
と、早速チクリと言われました。
そのとき私の中に、「いいんじゃない?本人は満足しているのだから」という、反発したい気持ちが湧いたのです。
同時に、もし私が登校前に同じように口出しをしていたら、息子もこんなふうに感じたのだろうと気がつきました。
同じようなコーディネートで2日間登校した後、3日目の朝。
「全身赤なんておかしいって言われたから、もう着ない。」
と息子は言い、真っ赤なコーディネートでの登校は終わりを迎えました。
子どもが嫌な思いをする前に止めてあげればいいのにと、かわいそうに感じる方もおられるかもしれません。
でも、もし私が先回りして止めることで、自分のアイディアを試す機会さえ与えられなかったら、「自分で決めた経験」と「そこから学んだ気づき」の両方を失っていたでしょう。
それが日常化すると、子どもはどんどん依存的になります。
自分で決めて行動した結末を引き受けるからこそ、新たな次の行動を考えられるようになるのです。
行動の結末を体験することで、子どもは「自分には自分のことを決める力がある」という感覚を育てます。
そして、誰かに言われたからではなく、自分で選んだからこそ、その行動に責任を持ちながら、積極的に周りのために役立とうとする姿勢が身についていくのです。
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