単語でしか話せない子どもたちと、広がる「ことばの格差」
坪田信貴×石井光太が語る、学力・人間関係・自立の土台をつくる対話の力
教育
単語でしか話せない子どもたちと、広がる「ことばの格差」
「きしょ」「ヤバ」「マジ終わった」子どもたちの〈ことばの力〉の低下は“生きづらさ”に直結する──。それぞれ教育者、ノンフィクション作家として長年多くの子どもたちに向き合ってきた二人が、いま起きている問題を明らかにし、それに対し親や教師がどう働きかけていくべきかを語り合った。
「話しているけど話せていない」「読んでいるけど読めていない」子どもたち
坪田先生
『「ことばで伝える」ができない子どもたち』を拝読いたしました。もうまさに、いまの子どもの問題が描かれていると感じました。言葉がきちんと使えないがゆえに勉強から生活までいろんな問題を抱えてしまうんです。
僕は個別指導の塾を長年経営していて、生徒と一対一で話す機会がよくあります。そのとき多いのは、「教科書や参考書の内容がわからないから教えてください」と言ってくるケースです。
「わからない」と言うので、「読んだ?」と聞くと読んだと答えます。でも、そもそも、多くの教科書や参考書は、読めばほとんどの人がわかるように書かれています。それなのに、読めばわかる内容を質問してくる。そういうとき、僕は、教科書の文字を指で押さえながら、音読させます。一度に読む量は3行くらいです。その3行を音読させて、「どう?」と聞くと、「わかりました」と言って帰っていく。このパターンはすごく多い。
3行です。3行を「読んだけどわからない」と持ってくるけど、音読させると「わかる」。でも、これって、読んでないんじゃないんです。本人的には読んでいるんです。でも、それは僕たちの「読む」とは違っていて、「見てる」んですよね。だから、言葉を知っているけれど、ちゃんとその意味を認識することをしていないという状態がすごく多い。石井さんが『「ことばで伝える」ができない子どもたち』の中で指摘している子どもたちと同じだと感じましたね。
僕は個別指導の塾を長年経営していて、生徒と一対一で話す機会がよくあります。そのとき多いのは、「教科書や参考書の内容がわからないから教えてください」と言ってくるケースです。
「わからない」と言うので、「読んだ?」と聞くと読んだと答えます。でも、そもそも、多くの教科書や参考書は、読めばほとんどの人がわかるように書かれています。それなのに、読めばわかる内容を質問してくる。そういうとき、僕は、教科書の文字を指で押さえながら、音読させます。一度に読む量は3行くらいです。その3行を音読させて、「どう?」と聞くと、「わかりました」と言って帰っていく。このパターンはすごく多い。
3行です。3行を「読んだけどわからない」と持ってくるけど、音読させると「わかる」。でも、これって、読んでないんじゃないんです。本人的には読んでいるんです。でも、それは僕たちの「読む」とは違っていて、「見てる」んですよね。だから、言葉を知っているけれど、ちゃんとその意味を認識することをしていないという状態がすごく多い。石井さんが『「ことばで伝える」ができない子どもたち』の中で指摘している子どもたちと同じだと感じましたね。
石井先生
おっしゃる通りで、学習の面で「〈ことばで伝える〉ができない」と言った場合に、文字を読みながら同時に内容をインプットして考えていくということが不得意、あるいはほぼできないという子どもが一定数いますよね。「読みなさい」と言われても、文字を目で追っているだけで、そこに思考が伴わない。
ある教育者がSNSの影響があると話していました。いまの子はSNS上で単語でやりとりしますよね。「だる」「おけ」「りょ」みたいな感じで。日常的にこういう言葉の使い方をしている子たちは、目の前の単語を理解しようとする気持ちはありますが、一定以上の長い文章を理解する気持ちもなければ、その力もないそうです。
まぁ、SNSが原因かどうかは別にして、まとまった文章を読むのはそれなりに訓練が必要です。その習慣がなければできないのは当然です。
ただ、問題は文章読解に留まらないことです。これくらいの文章読解ができない人は、ある程度長い話を聞いて理解するということができなかったり、まとまった思考ができなかったりします。それは生きづらさにつながっていく。坪田さんの生徒さんの例でも、きちんと読んで理解すればいいのですが、それができないということですよね。
ある教育者がSNSの影響があると話していました。いまの子はSNS上で単語でやりとりしますよね。「だる」「おけ」「りょ」みたいな感じで。日常的にこういう言葉の使い方をしている子たちは、目の前の単語を理解しようとする気持ちはありますが、一定以上の長い文章を理解する気持ちもなければ、その力もないそうです。
まぁ、SNSが原因かどうかは別にして、まとまった文章を読むのはそれなりに訓練が必要です。その習慣がなければできないのは当然です。
ただ、問題は文章読解に留まらないことです。これくらいの文章読解ができない人は、ある程度長い話を聞いて理解するということができなかったり、まとまった思考ができなかったりします。それは生きづらさにつながっていく。坪田さんの生徒さんの例でも、きちんと読んで理解すればいいのですが、それができないということですよね。
坪田先生
そういう子どもが年々増えているようには感じています。
〈ことばの力〉が引き起こす子どもの格差と分断
石井先生
僕もそれは非常に感じるところです。そもそも、僕はノンフィクションの書き手として社会課題を抱えた子どもたちと会うことが多いのですが、子どもたちが両極端になっているように見えます。
ある程度コミュニケーション能力を持っている子たち、言葉を扱える子たちは、僕達の子ども時代より高い能力を持っている。だけど、そうではない子どもたちは言葉でのコミュニケーションがまったくできなくなっていて、中間層が少なくなってきている気がするのです。いわば、〈ことばの力〉の格差が広がっている状況ですよね。
そうなると、下位層と上位層が交わらなくなってきてしまう。そういうことが遠からず起きるでしょうし、すでに起きている気もします。実際、日々塾に通って高い教育を受け、親から様々な体験をさせてもらって高度なコミュニケーション能力を身につけている子は、ずっとゲームやSNSばかりやって「きしょい」「死ぬ」「うざい」「やばい」といったような語彙しか発しない子とは会話が成立しないどころか、生活圏が被りません。
そりゃそうですよね、中学1年生の英語レベルの語彙で会話している子と、大学入試レベルの英語で会話している子とでは、同じ次元で対話ができませんから。放課後の過ごし方から、日常的に接しているコンテンツまでまるで違うものになっているはずです。
そうなってくると、下位層の子は下位層の子だけで固まって、上位層の子は上位層の子だけで固まってしまって交わらなくなる。それは自ずと「分断」というものにつながっていくことになります。
そういうことが各所で起きているような気がするんですけれども、坪田さんは、実際に若い子たちと会う中で、変化は感じられますか?
ある程度コミュニケーション能力を持っている子たち、言葉を扱える子たちは、僕達の子ども時代より高い能力を持っている。だけど、そうではない子どもたちは言葉でのコミュニケーションがまったくできなくなっていて、中間層が少なくなってきている気がするのです。いわば、〈ことばの力〉の格差が広がっている状況ですよね。
そうなると、下位層と上位層が交わらなくなってきてしまう。そういうことが遠からず起きるでしょうし、すでに起きている気もします。実際、日々塾に通って高い教育を受け、親から様々な体験をさせてもらって高度なコミュニケーション能力を身につけている子は、ずっとゲームやSNSばかりやって「きしょい」「死ぬ」「うざい」「やばい」といったような語彙しか発しない子とは会話が成立しないどころか、生活圏が被りません。
そりゃそうですよね、中学1年生の英語レベルの語彙で会話している子と、大学入試レベルの英語で会話している子とでは、同じ次元で対話ができませんから。放課後の過ごし方から、日常的に接しているコンテンツまでまるで違うものになっているはずです。
そうなってくると、下位層の子は下位層の子だけで固まって、上位層の子は上位層の子だけで固まってしまって交わらなくなる。それは自ずと「分断」というものにつながっていくことになります。
そういうことが各所で起きているような気がするんですけれども、坪田さんは、実際に若い子たちと会う中で、変化は感じられますか?
坪田先生
そうですね。石井さんがおっしゃった通りで、格差が起きているのは間違いないと感じます。たとえば20〜30年前は、スマホもなかったので、調べものをするとなると本しかなかったじゃないですか?でもいまはスマホがあり、特に最近は短尺の動画でわからないことを調べます。
いまの子どもたちはGoogle検索すら使いません。InstagramにせよTikTokにせよ、若者の動画メディアでは言葉はほぼ使わなくなっています。一度短尺の動画を見たら、次からはレコメンデーションされた類似動画がどんどん出てくる。だから自分が好きなものに対する解像度は非常に高いのですが、僕たち世代の頃までは確かにあった、誰にも共通する浅く広い教養みたいなものは持っていないと感じます。
いまの子どもたちはGoogle検索すら使いません。InstagramにせよTikTokにせよ、若者の動画メディアでは言葉はほぼ使わなくなっています。一度短尺の動画を見たら、次からはレコメンデーションされた類似動画がどんどん出てくる。だから自分が好きなものに対する解像度は非常に高いのですが、僕たち世代の頃までは確かにあった、誰にも共通する浅く広い教養みたいなものは持っていないと感じます。
石井先生
おっしゃる通り、情報格差自体も広がっていますよね。僕も『「ことばで伝える」ができない子どもたち』で紹介したのですが、昔の子どもたちは、みんなが同じ漫画を読んだりテレビを見たりして、情報を共有していました。毎週月曜日に「週刊少年ジャンプ」が発売されて、みんながそれを読んでいて、学校に行けば共通の漫画の話ができたわけです。こういったことができなくなっている。
いまは、趣味も様々だし、調べるツールは無限にある。坪田さんがおっしゃったように、自分の趣味に合う事柄だけがどんどんレコメンドされる。それだけに、同じ趣味を持っている子同士でしか通じない情報が蓄積されていきます。 そうなると、人間関係は一見広がっているようで、実のところはタコツボ化して狭くなっていく。だから、特に高校生ぐらいの年齢の子たちと話をすると、同じクラスなのに名前を知らない子が半分以上いたりしますよね。好きな話、趣味の話ができる子だけが友達で、他はそうじゃないという認識がある。
SNSの人間関係も非常に限定的です。たとえば、文房具好きの子が、SNSで文房具好きの子とつながることがあります。面白いのは、彼らがそうやって知り合った相手と会うことがあっても、文房具の話題しかしない。それ以外の話をしようとしないんです。なぜかといえば、「あいつは文房具つながりの友達だから」という。つまり、Aさんは文房具の話をする相手、Bさんはスポーツの話をする相手、Cさんは愚痴を言う相手といったふうに、役割を固定化しているのです。
そういう状況だと、広い教養的なものにアクセスする必要もないのかもしれませんし、あるいは、アクセスすることがものすごく大変になっているので、できなくなっている面もありそうです。
でも、じゃあそれでいいの? と考えると、僕は良くないのではないかと感じます。地域や社会の中で人間関係を築くときに、自分が詳しい趣味の話ばかりしているわけにはいきませんから。ある程度の教養というものが必要不可欠なんです。残念ながら、それがないと、社会での生きづらさにつながっていってしまう。
そこをわかって、親や塾の先生など周囲の大人がサポートする家庭とそうではない家庭という分断もあって、〈ことばの力〉をめぐる格差は開いていると感じます。
いまは、趣味も様々だし、調べるツールは無限にある。坪田さんがおっしゃったように、自分の趣味に合う事柄だけがどんどんレコメンドされる。それだけに、同じ趣味を持っている子同士でしか通じない情報が蓄積されていきます。 そうなると、人間関係は一見広がっているようで、実のところはタコツボ化して狭くなっていく。だから、特に高校生ぐらいの年齢の子たちと話をすると、同じクラスなのに名前を知らない子が半分以上いたりしますよね。好きな話、趣味の話ができる子だけが友達で、他はそうじゃないという認識がある。
SNSの人間関係も非常に限定的です。たとえば、文房具好きの子が、SNSで文房具好きの子とつながることがあります。面白いのは、彼らがそうやって知り合った相手と会うことがあっても、文房具の話題しかしない。それ以外の話をしようとしないんです。なぜかといえば、「あいつは文房具つながりの友達だから」という。つまり、Aさんは文房具の話をする相手、Bさんはスポーツの話をする相手、Cさんは愚痴を言う相手といったふうに、役割を固定化しているのです。
そういう状況だと、広い教養的なものにアクセスする必要もないのかもしれませんし、あるいは、アクセスすることがものすごく大変になっているので、できなくなっている面もありそうです。
でも、じゃあそれでいいの? と考えると、僕は良くないのではないかと感じます。地域や社会の中で人間関係を築くときに、自分が詳しい趣味の話ばかりしているわけにはいきませんから。ある程度の教養というものが必要不可欠なんです。残念ながら、それがないと、社会での生きづらさにつながっていってしまう。
そこをわかって、親や塾の先生など周囲の大人がサポートする家庭とそうではない家庭という分断もあって、〈ことばの力〉をめぐる格差は開いていると感じます。
グローバリズムで明らかになった日本語の難しさ
坪田先生
単純に「日本語の難しさ」も見過ごせないと私は思っています。
石井先生
言語としての難しさですか?
坪田先生
そうです。グローバル化が進んで明らかになってきたと感じるのですが、日本語は難しい言語ではないですか? 小学6年間の間に覚えるべき漢字だけで約1000字あります。音読み訓読み送り仮名なども入れると、中学3年生までには、大体1万パターンくらいを覚えなくてはいけないんです。
アルファベットであれば生涯通じて26文字、小文字を入れても52文字で済むところを、1万パターン。アルファベットを読めない7歳の子はいないですが、日本語は1万パターンを中3まで必死にやらなければマスターできない。 そうなると、やっぱり、「言葉を使うのが難しい」という子が一定数いるのも当然、とも思えます。1万パターン覚えないと学問に至れないのだから、日本人の子どもたちは頑張っているとも言えるのではないでしょうか。努力を重ねて言語をマスターして、やっと読めるようになる、考えられるようになる。その習熟度が7割くらいだと、教養がないとか勉強ができないと判断されるわけですよね。
うちの娘はインターナショナルスクールに行ったのですが、上野の国立博物館で日本刀の説明書きを読んでいて「Kamakura eraって何?」と聞いたことがあったんです。内心「鎌倉エラってなんだよ」とか思いつつ(笑)、それは鎌倉時代だよと答えましたけど、そのとき、「ああ、この子は英語の説明を読んだんだな」と思って。
アルファベットであれば生涯通じて26文字、小文字を入れても52文字で済むところを、1万パターン。アルファベットを読めない7歳の子はいないですが、日本語は1万パターンを中3まで必死にやらなければマスターできない。 そうなると、やっぱり、「言葉を使うのが難しい」という子が一定数いるのも当然、とも思えます。1万パターン覚えないと学問に至れないのだから、日本人の子どもたちは頑張っているとも言えるのではないでしょうか。努力を重ねて言語をマスターして、やっと読めるようになる、考えられるようになる。その習熟度が7割くらいだと、教養がないとか勉強ができないと判断されるわけですよね。
うちの娘はインターナショナルスクールに行ったのですが、上野の国立博物館で日本刀の説明書きを読んでいて「Kamakura eraって何?」と聞いたことがあったんです。内心「鎌倉エラってなんだよ」とか思いつつ(笑)、それは鎌倉時代だよと答えましたけど、そのとき、「ああ、この子は英語の説明を読んだんだな」と思って。
石井先生
日本語の説明は難しいから?
坪田先生
そうです。7歳くらいだと読めないから。もちろん、「刀工」などは7歳でも字は知っていて読むのは読めるのですが、今度は意味がわからない。それが英語だと「Sword man」とか書いてあって、刀を造る人と文脈で理解できるわけです。
英語なら読めてその単語を知っていればわかるけど、日本語の場合、1個1個の漢字を読めても意味がわからないことがあるという、つまり、相当の教養の高さを求めているんですよ。これは難しいので、子どもたちは文字ではなく動画やAIに頼るよね、とは、現場で子どもたちと接してきて思います。
英語なら読めてその単語を知っていればわかるけど、日本語の場合、1個1個の漢字を読めても意味がわからないことがあるという、つまり、相当の教養の高さを求めているんですよ。これは難しいので、子どもたちは文字ではなく動画やAIに頼るよね、とは、現場で子どもたちと接してきて思います。
石井先生
格差が広がっちゃうのもわかる、ということですよね。
あと、いまは情報が多すぎますよね。情報の洪水で氾濫している状態なので、それら全部の情報を受け取って処理することなんてできるわけない。そうなれば、「好きなものだけ知って、それを知っている人同士で固まる」という発想は理解できますし、そうした分断が起こるのは仕方のないことでしょうね。
ただ、そこで止まってしまうと、なかなか、他人と会話を成り立たせることが難しくなっていきます。
あと、いまは情報が多すぎますよね。情報の洪水で氾濫している状態なので、それら全部の情報を受け取って処理することなんてできるわけない。そうなれば、「好きなものだけ知って、それを知っている人同士で固まる」という発想は理解できますし、そうした分断が起こるのは仕方のないことでしょうね。
ただ、そこで止まってしまうと、なかなか、他人と会話を成り立たせることが難しくなっていきます。
坪田先生
そうですね。僕が過去に指導をした「ビリギャル」のさやかちゃんは、高校2年生の夏休みから勉強を始めるのですが、最初に渡したのは小学4年生の漢字ドリルでしたし、言葉のドリルです。それがわからないと会話が基本的に成り立たないので。
だから、何かを学ぶために最低限必要な〈ことばの力〉をどう共有するかは、これからの子どもたち、また子どもを育てる親御さんたちに意識して考えてほしいところではあります。
だから、何かを学ぶために最低限必要な〈ことばの力〉をどう共有するかは、これからの子どもたち、また子どもを育てる親御さんたちに意識して考えてほしいところではあります。
〈ことばの力〉は人間のアイデンティティそのもの
石井先生
ただ、自分の好きなことを語れる、ということ自体は悪いことではありません。好きこそ物の上手なれという言葉もありますから。
坪田先生
自分の好きなことを語れる、ということ自体は悪いことではありませんよね。僕は昔、「ニコニコ超会議」に招かれて見学に行ったのですが、企業ブースがたくさんあり、そのときはJALがタラップを展示していました。タラップが向かい合わせで並んでいて、登って降りることができる。そこに大行列ができていました。
不思議に思って、連れていってくれた方に「これは何をしているんですか?」と聞いたら、「世の中には、タラップを好きな人がいるんです」とおっしゃるんですね。
そのときに、いまってこういう時代だなと感じました。つまり、「好き」が細分化されていて、インターネットのおかげで、細分化した趣味の仲間というものが容易く作れる。本当の意味で好きなものだけを追いかけて、たとえばインフルエンサーみたいなものになれたりする時代なんですよね。
不思議に思って、連れていってくれた方に「これは何をしているんですか?」と聞いたら、「世の中には、タラップを好きな人がいるんです」とおっしゃるんですね。
そのときに、いまってこういう時代だなと感じました。つまり、「好き」が細分化されていて、インターネットのおかげで、細分化した趣味の仲間というものが容易く作れる。本当の意味で好きなものだけを追いかけて、たとえばインフルエンサーみたいなものになれたりする時代なんですよね。
石井先生
確かに、時代を感じるお話ですね。誰もがニッチな世界にすぐにアクセスできて、そこで影響力を持てるというのは、ある意味においてとても魅力的な時代だと思います。
ただし、そこにしか居場所がないというのは良くない。ニッチなコミュニティの中でしか生きられない、となると、その場所でアイデンティティを確立したり、影響力をもったりするために、どんどん課金するしかないということが起こります。ゲームや地下アイドルの課金システムと似ていますね。吸い上げる側に回れればいいのですが、なかなか難しい。
だからこそ、僕はやっぱり、自分の中に多様性を持たないといけないと思っていて。「この趣味でつながれる友達がいるから、そうじゃない子と接する必要なんてないもん」ではなくて、きちんと自分の言葉を獲得し、多様な人とつながり、多様なところにアイデンティティを持つことが大切だと考えています。それにはやはり、〈ことばの力〉を磨くことかな、と。
ただし、そこにしか居場所がないというのは良くない。ニッチなコミュニティの中でしか生きられない、となると、その場所でアイデンティティを確立したり、影響力をもったりするために、どんどん課金するしかないということが起こります。ゲームや地下アイドルの課金システムと似ていますね。吸い上げる側に回れればいいのですが、なかなか難しい。
だからこそ、僕はやっぱり、自分の中に多様性を持たないといけないと思っていて。「この趣味でつながれる友達がいるから、そうじゃない子と接する必要なんてないもん」ではなくて、きちんと自分の言葉を獲得し、多様な人とつながり、多様なところにアイデンティティを持つことが大切だと考えています。それにはやはり、〈ことばの力〉を磨くことかな、と。
坪田先生
わかります。塾で親御さんと話すと、「将来的には自立して幸せになってほしい」ということを皆さん言われます。そのとき、私は「人間はそもそも一人では生きていけないので、本当の意味で他人を頼りにしないといけない生き物です。つまり自立とは何かというと、依存先を増やすことです」という話をします。
たくさん依存先があったら、一つのところに搾取されたりとか、騙されたりとか傷ついたりとかもせず生きていけますよね?
たくさん依存先があったら、一つのところに搾取されたりとか、騙されたりとか傷ついたりとかもせず生きていけますよね?
石井先生
それは、僕もこれまでの取材を通して実感してきていることです。その、依存先を増やすにあたっても、結局は会話していくしかないんですよね。
坪田先生
そもそも、〈ことばで伝える〉ということが、人間のアイデンティティですよね?人間の脳は、基本的には言語を喋れるように発達しています。
そのアイデンティティを手放してしまうと、自分の人生のオールを他者に任せることになってしまう。いまならその他者はニッチなコミュニティやSNSかもしれないし、AIかもしれない。それでいいのか、と問いたい気持ちはつねにあります。
そのアイデンティティを手放してしまうと、自分の人生のオールを他者に任せることになってしまう。いまならその他者はニッチなコミュニティやSNSかもしれないし、AIかもしれない。それでいいのか、と問いたい気持ちはつねにあります。
石井先生
先日、教員向けの講演会で学校の先生とお話ししたとき、存在価値がテーマになりました。AI時代の教員の存在価値は何か、という話です。
今後、教員の価値は、子どもに単に勉強を教えるのではなく、学ぶものに対して付加価値をつけていくことになっていくと思うんです。たとえば、地理の授業でも地名を教科書通りに教えるのではなく、自分の旅行体験や、そこで生まれ育った偉人のエピソードを交えることで地名に様々な付加価値をつけていく。そうすれば、子どもは付加価値によって、それを探究しようとしたり、他の知識や自分の人生と絡めて考えようとしたりします。そこに初めて教員の存在意義が生まれる。
たとえば、岩手県の釜石市という地名をテストのために覚えるだけならAI先生で十分です。でも、先生が実際にこの町へ行って鉄とラグビーの歴史を知ったときの感動だとか、東日本大震災でボランティアに行ったときに心が震えた体験だとか、はじめて食べたマンボウの味だとかいったことを話せば、釜石という地名にたくさんの付加価値が付き、そこから子どもたちはそれぞれ自分なりに探究をしていくようになる。これこそが、AIにはできない、人間の教師ならではの授業だと思うのです。
つまり、これからの時代は、世の中に氾濫している情報や知識に、その人なりの体験や感動によって付加価値を付けていくことが大切になってくると思うんです。それができるだけの〈ことばの力〉がなければ、坪田さんがおっしゃった通り、アイデンティティを失ってしまいます。
これは学校における教員の役割だけでなく、家庭における親の役割にも通底することだと思うのです。AI時代だからこそ、教員や親こそが〈ことばの力〉を身につけ、子どもたちにその大切さを、身をもって示していくことが必要なのではないでしょうか。
今後、教員の価値は、子どもに単に勉強を教えるのではなく、学ぶものに対して付加価値をつけていくことになっていくと思うんです。たとえば、地理の授業でも地名を教科書通りに教えるのではなく、自分の旅行体験や、そこで生まれ育った偉人のエピソードを交えることで地名に様々な付加価値をつけていく。そうすれば、子どもは付加価値によって、それを探究しようとしたり、他の知識や自分の人生と絡めて考えようとしたりします。そこに初めて教員の存在意義が生まれる。
たとえば、岩手県の釜石市という地名をテストのために覚えるだけならAI先生で十分です。でも、先生が実際にこの町へ行って鉄とラグビーの歴史を知ったときの感動だとか、東日本大震災でボランティアに行ったときに心が震えた体験だとか、はじめて食べたマンボウの味だとかいったことを話せば、釜石という地名にたくさんの付加価値が付き、そこから子どもたちはそれぞれ自分なりに探究をしていくようになる。これこそが、AIにはできない、人間の教師ならではの授業だと思うのです。
つまり、これからの時代は、世の中に氾濫している情報や知識に、その人なりの体験や感動によって付加価値を付けていくことが大切になってくると思うんです。それができるだけの〈ことばの力〉がなければ、坪田さんがおっしゃった通り、アイデンティティを失ってしまいます。
これは学校における教員の役割だけでなく、家庭における親の役割にも通底することだと思うのです。AI時代だからこそ、教員や親こそが〈ことばの力〉を身につけ、子どもたちにその大切さを、身をもって示していくことが必要なのではないでしょうか。
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PROFILE
坪⽥塾 塾⻑
『ビリギャル』シリーズ著者、坪田塾 塾長。処女作『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称『ビリギャル』)は累計128万部を超えるミリオンセラーとなり、第49回新風賞を受賞。有村架純さん主演で映画化され、観客動員220万人・興行収入28億円超の大ヒットを記録。これまでに1,300人以上の子どもたちに「子別指導」で伴走。心理学・行動分析学をベースにした独自の学習法で、多くの生徒の偏差値を短期間で急激に上げることで定評がある。大企業の人材育成コンサルタントも務め、起業家・経営者としての顔も持ち、テレビ・ラジオ・雑誌等メディアでも幅広く活躍中。2025年12月にビリギャル最新作『勝手な夢を押しつける親を憎む優等生と、東大は無理とバカにされた学年ビリが、現役合格した話』(サンマーク出版)を上梓。東京都在住。趣味は妻と子どもと遊ぶこと。
PROFILE
ノンフィクション作家
1977(昭和52)年、東京生まれ。国内外の貧困、児童問題、事件、 歴史などをテーマに取材、執筆活動を行なっているノンフィクション作家。近年は、教育問題にも取り組んでいる。著書に『ルポスマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)、『ルポ誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)、『教育虐待』(早川書房)、『傷つけ合う子どもたち』(CEメディアハウス)、『格差と分断の社会地図』(日本実業出版社)など多数。小説や児童書も手掛ける。
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