少しの工夫で〈ことばの力〉が上がる――「ことばで伝える」ができない子どもたち

前作、ベストセラーとなった『ルポ 誰が国語力を殺すのか』から4年、「国語力」の土台となる〈ことばの力〉に踏み込んだ意欲作。子育て中のお父さんお母さんに、〈ことばの力〉の現実に直面している 保育園、幼稚園、小学校などの教育関係者の皆さまにぜひ読んでいただきたい1冊です。

学校

ノンフィクション作家
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「ヤバい」「無理」ですませていませんか?極端な言葉の乱発は、学校トラブルや孤立の原因にも。本書は、困難を乗り越え人生を切り拓く〈ことばの力〉の重要性と、家庭で誰でもできる実践法をわかりやすく解説します。
石井光太さん著書『「ことばで伝える」ができない子どもたち 誰が〈ことばの力〉を育てるのか』から一部転載・編集してお届けいたします。

「ことばで伝える」ができない子どもたち

子どもが多様な人たちとかかわり、長い人生の中で直面するいくつもの壁を乗り越えていくには、状況に応じてきめ細かな思考をし、丁寧にコミュニケーションをする力が不可欠です。

クラスの友達との関係がうまくいかなくなったとき、スポーツの試合中にチームメイトと劣勢を跳ね返さなければならなくなったとき、進路のことで親と意見が食い違ったとき、子どもは対話によって相手の立場を尊重しつつ、自分の意志を伝え、わかりあわなければ、前に進めません。

大人になっても同様です。

仕事で大きなプロジェクトを遂行するとき、夫婦で家庭の方針を決めるとき、地域に溶け込もうとするとき、繊細な言葉で語りあうことが求められます。

自分の感情を的確に把握する、相手の気持ちを深く読み取る、共に手を取りあって解決策を模索する。

それを実行するには、磨き抜かれた言葉を駆使する必要があるのです。

このように言葉で考え、伝え、問題を解決する力を、生きるための〈ことばの力〉といいます。

しかし、今日の日本では、きめ細かな言葉で思考や対話ができないことで、不要な生きづらさを抱えてしまう子どもがたくさんいます。

文部科学省の統計によれば、小中学校で起きているいじめ、校内暴力、不登校といったトラブルは軒並み増加の傾向にありますが、通底する原因の一つとして子どもたちの言葉を操る力の弱さがあるのを知っているでしょうか。

学校で起きているトラブルと言葉の関係性がわかる事例を出しましょう。

小学校の家庭科の調理実習で、子どもたちが班ごとにパスタを作ることになりました。

ある男の子が、トマトソースを作る際に緑のヘタの部分も一緒に煮込んでいました。

先生が気づいて「ヘタは食べないから、煮なくていいのよ」と教えると、まわりの子たちが口々にこう言ったそうです。

「きしょ(気持ち悪い)!」

「こいつ、ヤバ」

「マジ終わった!」

この日の昼休み、男の子は気分の悪化を訴えて早退しました。そして翌週から、彼は「クラスメイトといるのがつらい」「いじめられた」と言って不登校になりました――――。

一体、なぜこうしたことが起こるのでしょう。

原因は、まわりの子どもたちが「きしょ!」「こいつ、ヤバ」「マジ終わった!」という乱暴な言葉を投げかけたことにあります。

最近の動画やSNSの世界では、望まない事態が起きたときに、このような極端な言葉を安易に乱発する風潮があります。

おそらくこの子どもたちはそれを真似て、反射的にそう口にしたのでしょう。

ここで立ち止まって考えてください。

トマトのヘタを煮たところで、気持ち悪いことなどありませんよね。

ヤバい人もどこにもいません。

何一つ終わったこともない。

つまり、教室で現実に起きていることと、子どもたちが発した言葉とが合致していないのです。

彼らは現実を丁寧に言葉にするのではなく、思いつくままに乱暴な言葉を吐き出しているだけなのです。

おそらく暴言を口にした子たちは、相手を傷つける意図はまったくなかったと主張するはずです。

しかし、言われた側はどう受け取るでしょうか?

気持ち悪くもないのに「きしょ!」と言われ、トマトのヘタを煮ただけで“ヤバい人間”扱いされ、切り捨てるように「終わった」と断じられたら、教室に身を置くことが怖くなり、学校を休みたくなるのは必然です。

このように言葉を適切に使えなければ、言った側も、言われた側も、生きづらさを抱えることになります。

逆に、言葉をきちんと使える子たちはそうではありません。

同じことが起きた際に、クラスメイトが、「知らなかったんだから仕方ないよね」「私がヘタを取りのぞこうか」と声をかけていれば、トラブルが起こるどころか、人間関係はそれまで以上に良好になったはずです。

適切な言葉を選び、発するというのは、みんなが生きやすい状況を作り上げるということなのです。

〈ことばの力〉の弱さが子どものトラブルを引き起こしている

これまで私はノンフィクション作家として、学力低下、ネット依存、不登校、いじめ、暴力、自傷、家出など子どもたちのさまざまな社会課題を取材し、本を書いてきました。

当事者たちに会う中で感じるのは、〈ことばの力〉の弱い子どもたちが、学校、家庭、社会などいたるところで壁にぶつかり、余計なトラブルを引き起こし、他者だけでなく、自分自身まで傷つけている実態でした。

彼らに共通するのは、「やばい」「うざい」「無理」「死ね」「きしょい」「消えろ」といった乱暴な言葉を無思慮に使うことです。

思考においても同じです。

語彙がないので、「もう無理」「死にたい」などといった言葉で物事を考え、決めつけてしまうのです。

しかし、極端な言葉だけで通用しないことは山ほどあります。

友人との間に誤解が生じたときに「やばい」と言っているだけでは何も解決しません。

心配して声をかけてくれた子に「うざい」と吐き捨てれば仲違いしても仕方ありません。

部活でレギュラーを外れて「もう無理」と決めつけたら成長はありえません。

百歩譲って、高校生くらいまでの年齢なら、まわりの大人たちが手を差し伸べてくれたり、大目に見てくれたりするでしょう。

でも、大学生や社会人になればそうはいきません。

対人関係は子ども時代に比べてずっと複雑になり、向きあわなければならない課題の難易度も高まります。

そこでは、これまでに培ってきたたくさんの細かな言葉を駆使して状況を読み解き、相手と意思疎通をし、課題を解決していかなければなりません。

その力がなければ、社会で生きていくことは困難になり、余計なことに足を取られるだけでなく、周囲にも迷惑をかけます。

大人社会でも〈ことばの力〉の低下がトラブルを招く

いま現在、大人の社会で起きている問題を思い浮かべてください。

モンスター社員、退職代行、陰謀論、ヘイト、コミュ障、誹謗中傷、ネット私刑、ハラスメント……。

これらは、何年も前から大人の社会で噴出し、社会に混乱を及ぼしている問題です。

こうしたことも〈ことばの力〉と大きくかかわりがあるのです。

常識を持たずに声高に自分の主張だけすればモンスター社員になりますし、会社で当たり前のコミュニケーションが取れなければ退職代行を利用しますし、ネットのでたらめな言説を鵜呑みにすれば陰謀論やヘイトに洗脳されます。

SNSや記事のコメント欄に書き込まれるネット私刑を目的とした誹謗中傷に至っては、読むことすらおぞましいものばかりです。

人の気持ちや立場を無視して、感情のままに暴言を吐き出しているだけで、生み出すものは何もありません。

ここからわかるのは、社会で噴出しているトラブルの多くは、言葉をうまく使えない大人が起こしているということです。

〈ことばの力〉を獲得できず、成人になるというのは、このような落とし穴にはまるリスクを背負うことなのです。

私は、〈ことばの力〉が不十分であるがゆえに、子どもたちがさまざまな場面で困難を抱えて苦しんでいる実態を、『ルポ誰が国語力を殺すのか』(文春文庫)というノンフィクションにまとめたことがあります。

この本が大きな反響を呼んだことから、それに関連する著作物を出すだけでなく、保育施設や教育施設、それに学会などから講演会に呼ばれ、子どもたちの〈ことばの力〉の現状と打開策を伝えてきました。

良い意味で想定外だったのが、保育園、幼稚園の先生たちからの反応が格別に大きかったことです。

保育園や幼稚園の先生は、幼い子どもがゼロから言葉を獲得することに携わっているだけでなく、家庭環境によってその能力に大きな差が出ることを日々実感しています。

〈ことばの力〉の基盤をしっかりと作れなかった子が、その後の人生で困難を背負う現実も知っているので、大きな危機感を抱いているのです。

こうしたこともあり、私は全国の保育園、幼稚園を対象とした講演会(職員研修、研究会、保護者向け勉強会など)を年間に30件ほど行ないながら、実際にいくつかの園で先生たちと連携し、〈ことばの力〉を育むためのプログラムを考案し、実施してきました。

どうしていまの子どもたちは〈ことばの力〉が不足しているのか、そういう子たちにいかなる試練が待ち受けているのか、それを打開するには子ども時代に何をすべきなのか。

先生たちと共に勉強会を重ね、いまの子どもに合った〈ことばの力〉の育成プログラムを立ち上げ、実装したのです。

この際、私は園の先生の他にも、発達分野、教育分野、心理分野などの専門家に加わってもらったり、それらの研究論文を参考にしたりしました。

あらゆる分野から“良いとこ取り”し、園の特色に合致した方法を構築したほうが効果が高まると思ったためです。

子育てにかかわる誰もが実践しやすい〈ことばの力〉を伸ばす方法

プログラムを作るときに意識したのは、効果が科学的に立証されていることをただ紹介するだけでなく、現場で誰もができる方法を示すことでした。

おそらく誰もが、読書が子どもの語彙力や思考力の向上に有効だと知っているでしょう。

それを裏づけるデータもたくさんあります。

しかし、大人が「本を読みなさい」と言ったところで、子どもがその通りにするわけではありません。

現場の人にとってもっとも知りたいのは、どう働きかければ、子どもは本を読むようになるのかということです。

そこで私たちはさまざまな研究を参考にしたり、子どもに働きかけてみたりすることで、有効性の高い手法を編み出していきました。

後にくわしく述べますが、家庭の環境を少し工夫したり、日々の習慣を少し変えたりするだけで、子どもは自ら進んで本を手に取り、その世界に没頭するようになるのです。

反対に、〈ことばの力〉の成長を妨げるとされがちな習慣を変える方法についても、たくさん議論してきました。

ほとんどの人が、ゲームやスマホの長時間利用が子どもの発達の妨げになるという話を知っているでしょう。これについてもたくさん研究があります。

でも、大人が子どもに対して「ゲームのやりすぎはダメ」「スマホはやらない!」と言ったところで、子どもは耳を貸しようとしません。

では、どう働きかければいいのか。

これも本編で述べますが、ゲームはゲームで「正しいやり方」と「良くないやり方」があるのです。

大人がそれをしっかりと認識し、正しいやり方で行なっていれば、ゲームは必ずしも悪影響を与えるものではなくなるのです。

本書では、〈ことばの力〉の重要性を確認するとともに、このようにプロジェクトの中で生み出された手法を、子育てにかかわる誰もが簡単にできる形で伝えることを目的としています。

構成としては大きく三部構成になります。

Chapter1では、いまの子どもたちを取り巻く成育環境を見つめつつ、子どもたちの〈ことばの力〉の成長を阻む要因と、近年の子どもたちが引き起こすトラブルとの関係性について見ていきます。

Chapter2では主に未就学児、Chapter3では小学生以上の子どもを対象にした〈ことばの力〉の育て方を紹介します。

〈ことばの力〉をつけるには、その子の成長に合わせたアプローチが必要です。そのやり方を年代ごとに紹介していきたいと思います。

長い人生を生き抜くための〈ことばの力〉は、子どもが社会で自立して、自らの人生を切り開いていく唯一無二の“武器”と言い換えられます。

子どもたちの能力は、親や保育士や教員などまわりにいる大人たちの意識と働きかけによって間違いなく飛躍的に成長します。

子どもたちが社会へ羽ばたく前に、きちんとその武器を手渡すことができるかどうか。それは、家庭の親だけでなく、子どものまわりにいるすべての大人たちの意識にかかっているのです。

PROFILE

ノンフィクション作家

石井 光太

1977(昭和52)年、東京生まれ。国内外の貧困、児童問題、事件、 歴史などをテーマに取材、執筆活動を行なっているノンフィクション作家。近年は、教育問題にも取り組んでいる。著書に『ルポスマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)、『ルポ誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)、『教育虐待』(早川書房)、『傷つけ合う子どもたち』(CEメディアハウス)、『格差と分断の社会地図』(日本実業出版社)など多数。小説や児童書も手掛ける。
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