子供の早起きは一生の損失?「脳が大変動する10代」
子供の成長と可能性を守るために!思春期の睡眠をめぐる科学的知見と、全米でおこなわれてきた実証研究、教育現場の実例をもとに、なぜ10代は眠れなくなったのかを明らかにした初の書。睡眠不足が心身の健康、学業成績、リスク行動、感情の安定にどのような影響を及ぼすのかを丁寧に解説、性別や社会経済的状況など、睡眠格差の問題、家庭で実践できる具体的な改善策も紹介。カリフォルニア州で始業時刻規制法が成立するまでの舞台裏から学校の始業時刻を見直すためのヒントまで。
健康/病気
朝起きられないのは怠慢ではなく、子どもの脳と体が発するSOSだった!本書は、睡眠不足が心身の健康、学業成績、リスク行動、感情の安定にどのような影響を及ぼすのかを丁寧に解説、家庭で実践できる具体的な改善策も紹介。
リサ・L・ルイス著、永盛鷹司訳『子ども睡眠不足社会 親と学校に何ができるのか』から一部転載・編集してお届けいたします。
脳が大変動する10代
たくさんの要因があるものの、思春期そのものと睡眠が重要な役割を果たしている。
10代が直面する睡眠の問題やさまざまなプレッシャーの話に移る前に、彼らの脳で何が起こっているのか、少し見てみよう。
まず大前提として、彼らの脳はまだ発達途上にある。
10代のときに起こる脳の大規模な構造変化は一大プロジェクトである。
その規模は赤ちゃんのときに起きる変化の次に大きい。
その変化が完了すると、脳全体の処理速度が速くなり、神経細胞間および脳の各部位間の接続が強化されるため、人はより良い判断を下せるようになり、物事にもっと効率よく集中力を注げるようになり、衝動的な行動が減る。
だが、これらすべてが完了するのは、成人早期になってからだ。
重要な点はもうひとつ。
これらの発達は、脳の部位によって起こる時期が異なる。
最初に活性化するのは、神経科学者のジェイ・ギードが「ホルモンによって駆動する大脳辺縁系」と呼ぶ部位だ。
これは感情と報酬系を司る部位である。
その結果、10代の世界の受け止め方は新たな激しさを帯びることとなる。
ドーパミン(快楽を感じるための重要な神経伝達物質のひとつ)に対する反応が高まり、衝動的に行動する傾向が強くなるなど、あらゆる変化が起こるのだ。
一方、これらを制御しブレーキをかけるシステムは、10代半ばまで、まだ整わない。
テンプル大学の心理学教授ローレンス・スタインバーグが『15歳はなぜ言うことを聞かないのか?』で詳しく述べているが、この段階では前頭前皮質がアップグレードされ、作動記憶、あらかじめの計画立案、抽象的思考能力など、「実行機能」が強化される。
この段階の後にも、脳の構造が変化して脳の各分野間のつながりが強化されるもうひとつの段階が残っている。
スタインバーグによると、10代が信用に足る自己制御能力を持つようになるためのこのつながりの強化は、成人早期になるまで完了しない。この最後のアップグレードを経て、「理性的な思考過程は、以前ほど簡単には疲労やストレスや感情的興奮に左右され」なくなるという。
睡眠不足と10代の脳
では、10代が睡眠不足で活動すると何が起こるだろうか。
彼らの感情の振れ幅が増大するのだ。
これは10代に限らず、私たちみんなに当てはまる。
「よく眠れていないと、私たちの感情は少し高ぶります」とカルフォルニア大学ロサンゼルス校のアドリアナ・ガルヴァンは説明する。
「いくぶん反応が敏感になり、衝動的になるのです」
大きな違いは、10代の脳には、睡眠不足に対処する機能がそれほど備わっていないことだ。
「大人なら、成熟した前頭前皮質を持つため、高ぶる感情を調節し、抑えられます。しかし10代は、前頭前皮質がまだ発達途上です」つまり、「感情的な反応をする脳の部位が過剰に働いているとき、その感情的な反応を抑えるために追加で働くはずの同様の神経回路が必ずしも備わっているわけではないのです」
怒りなどの激しい感情と睡眠不足の関係
・「Does Losing Sleep Unleash Anger?(睡眠時間の減少は怒りを解き放つのか?)」と題された2020年の研究がある。表題の質問に対する答えは「イエス」だという結果が出た。米国の大学生は、通常より睡眠時間が短いと、次の日に怒りっぽくなることがわかったのだ。
・2016年に発表された、9万5000人以上の日本人の中高生を対象にした研究では、十分に眠れてない人のほうが強い怒りを感じることがわかった。
・スウェーデンの約3000人の10代を対象におこなわれた2016年の研究では、睡眠時間が7時間未満の人のほうが抑うつ、怒り、不安を訴える傾向が強いとわかった。
睡眠不足はうつとも関連がある。世界中でおこなわれた73の研究をメタ分析した2020年の研究によると、睡眠不足の10代は抑うつ状態になる可能性が62%高いとわかった。
同年に発表された別の研究は、うつ病と診断された英国の10代に焦点を当てている。
そこでは、うつ病の10代はうつ病でない10代に比べて就寝時刻が遅いうえに、睡眠時間そのものも短いと判明している。
睡眠と抑うつの関係は車の両輪であると述べておく必要はあるだろう。
睡眠時間が乏しいことが抑うつの要因となると同時に、抑うつが睡眠不足につながる可能性もあるのだ。
睡眠不足と自殺
親の立場になると私たちは、この世界でいかに10代たちの安全を守ればいいかという情報に絶え間なくさらされることに慣れきってしまう。
「新生児のとき、どこで、どのように寝かせればいいか」から「誘拐されないようにする方法」までさまざまだ。
そうすると、心が苦しくなるような現実に気づくだろう。
常に10代を危険から守ってやれるわけではない。
10代の自殺リスクが最も高いのは、前思春期から10代後半までの期間だ。CDCの2019年およびその数年前のデータによると、前思春期から10代半ばを経て後半に至るまでの期間、米国の子どもの死因で2番目に多いのが自殺である。
10代の睡眠時間が短くなるにつれ、自殺のリスクは上がる。
ヴァージニア州フェアファックス郡の中高生を対象にしたある研究では、睡眠時間が1時間短くなるごとに希死念慮が42%増え、自殺未遂が58%増えるという。
7万人近くの高校生を対象にした別の研究では、6時間未満しか眠れていない人は8時間以上眠れている人に比べて、自殺を考えたり、自殺の計画を立てたり、実際に試みたりする傾向が3倍高いとわかっている。
さらに、かなり懸念すべきことがある。
先ほども述べたように、CDCのデータによると、自殺を考えたり試みたりした高校生の割合は、2005年から2019年の間で増加している。
これをCDCの2019年全国青少年危険行動調査における睡眠に関する調査結果と並べると、さらに不安になる。
調査では、米国の高校生のうち、毎晩8時間以上睡眠を取っていると答えたのはわずか22.1%だった。
この割合は2007年と比べると9%下落している。
メンタルヘルス・専門家は複雑な問題を単純化して語ることを嫌うが、睡眠不足と自殺の関連性はまぎれもなく恐ろしいものだ。
シアトル小児病院の睡眠センターの所長メイダ・チェンによると、10代の発達途上の脳内では、「決定を下したり行動に移したりするハードルが低い」。
そこに睡眠不足が加わると、そのハードルはさらに低くなる。
「振り返ってみると、私はたぶん何カ月も希死念慮を感じていました」。
自身の高校生のときの自殺未遂について打ち明けたルイーズ・チウは言う。
「自殺未遂に至るまでの冬の期間ずっと、抑うつ状態で、極度に疲労していて、へとへとになっていたのだと思います。睡眠不足も確かに要因のひとつでした」
これらすべての要素が着実に蓄積されていた。
睡眠不足は彼女の絶望感と憂鬱感を悪化させただけではない。
アドビルを一瓶飲み干すという、彼女が言うところの「衝動的な」決断そのものも、慢性的な睡眠不足の影響だった可能性が高い。
実際、研究によると、10代の自殺リスクを減らす方法のひとつは、より多くの睡眠を取ることだという。
それまでの研究をメタ分析した2018年の研究では、睡眠の量と効果の密接な関係が浮き彫りになっている。
思春期の子どもの睡眠時間が1時間増えるごとに、自殺を考えるリスクは11%減るのだ。
十分な休息はポジティブさと心の回復力を高める
もちろん、睡眠不足がどれほど10代の感情に影響するかは、危機的な状況になってからでなくてもよくわかる。
よく休めていると、心配が軽くなり、抱えている課題が乗り越えられそうに思え、人はイライラしなくなるようだ。
世界に立ち向かうのがかなり楽になり、ポジティブな刺激とネガティブな刺激の両方に対して、生産的に反応できるようになる。
同じ刺激に対する解釈も、睡眠不足の人とよく休めている人ではどうしても異なるものだ。
経済学者・マシュー・ウォーカーは『睡眠こそ最高の解決策である』において、自身の研究室でおこなった実験について説明している。
被験者は人の顔写真を見せられ、その人の表情が友好から敵意までのグラデーションのどの位置にあると思うかを尋ねられる。
一晩ぐっすり眠った被験者は、写真で示された表情の意図を正確に当てられる。
しかし睡眠不足になると、その能力はなくなってしまう。
睡眠不足の被験者は「恐怖に支配されるようになる。穏やかな表情でも、自分に敵意をもっていると判断してしまう」とウォーカーは書いている。
十分な休息が取れていない状態だと、普通ならポジティブな経験に受け取れる感性も弱まってしまう。
この喜びの減少、あるいはもっと正確に言うなら喜びを経験するキャパシティの減少には、無快感症という病名がついている。
そして、もし10代が日々を苦労して過ごすなかで、元気を与えてくれるかもしれないちょっとした喜びの瞬間を見つけられなかったら、彼らにとっては人生の質に関わる問題となってしまう。
残念なことに、世界中の研究によると、10代の睡眠時間が十分でない場合、そのような状態になる可能性がかなり高まるという。
では、10代が十分な睡眠を取れているとしたらどうだろうか。
逆のことが起こる。ブリティッシュコロンビア大学で心理学の助教授を務めるナンシー・シンは、眠りが幸福に与えるポジティブな影響を研究している。
ある研究では、よく眠れていると申告している前思春期から10代後半までは、眠れていない子どもたちに比べて、よりポジティブな感情を持っている(そして親との諍いも少ない)と自己評価した。
十分な休息は、ポジティブな経験を受け取りやすくする触媒のような働きをするとシンは説明する。
「本当に重要なのは、自分の周囲の環境にどれだけ馴染めるか、機会を活用できるか、あるいは機会を作れるかなのです」
眠りは感情の緩衝装置
危機的状況にはなっていなくとも、現代の10代たちは日々、数多のストレスと向き合っている。
友達(そして友達のフリをした敵)、宿題の提出期限、些細なイライラ、果ては大きな問題まで、さまざまだ。
これらを乗り切る際、十分な休息を取れていれば、対処能力は高まる。
十分な睡眠を取ることは実際、感情の緩衝装置として機能するのだ。
2020年に発表された興味深い研究では、9年生[訳注:4年制高校の1年生、日本の中学3年生]の生徒に2週間の日記をつけさせ、毎日のストレス強度と、その日に人種や民族に関する差別を受けたか(どの程度だったか)、それにどう反応したかを記録してもらった。
睡眠時間が多く、良質な睡眠を取れた夜が続いた後の何日間には、生徒たちは差別やそれに関連するストレスにうまく対処できたという(ところが残念なことに、この関係は一方通行ではない。差別が睡眠に悪影響を及ぼす場合もある)。
特に、よく眠れた生徒たちは、問題を解決したり友達の支援を求めたりといった、より積極的な対処法を模索した。
受けた差別に関してくよくよ考える時間も少なかった。
この研究の共著者であり、フォーダム大学の心理学部長を務めるティファニー・イップは述べる。
「睡眠は、ストレスの受け止め方と、それに対する反応の仕方に影響しうる」
大事なのは、ストレスの多い日の前によく眠っておくことだけではない。
ストレスを受けた後に眠る量も、10代が感情的に回復するのに重要な役割を果たす。
2015年におこなわれた研究では、メリーランド州の高校生に日々の気分・ストレス強さ・夜間の睡眠時間の記録を2週間つけてもらった。
ストレスの多かった日にたくさん寝た場合、次の朝に感情の「余波」が及ぶことが少なく、より早く回復するとわかった。
さらに、ストレスを受けた翌日のポジティブな気持ちや感情全般は、ストレスが少なかった日の翌日に報告されたものと似ていた。
まとめると、十分な睡眠時間を確保できており、その睡眠の質が良いものだった場合、10代は気分が良く、感情的により強くなるのだ。
ニュージーランドと米国の1000人以上の10代と成人早期を対象にした2020年の研究では、睡眠の質と量が抑うつの徴候と幸福感を左右する二大要素だとわかっている。
睡眠は活力の「補給」だと、イェール大学の感情知性センターの創立者、マーク・ブラケットは説明する。
「人には補給が必要です。そうでないと、あらゆることが難しくなります」
睡眠不足が普通になるとき
多くの10代は、やるべきことを睡眠不足で朦朧としている状態でやっているので、毎日押し寄せる感情とストレスの洪水に対処するスキルをしっかり発揮できないのだ。
こうして、対人関係では無礼さが増す。
課題は難しく感じられる。
そして前進するための最適な道を見抜くのも困難になる。
不幸なことに、10代の非常に多くが、これに慣れっこになってしまっている。
「とてもひどい気分でしたが、それが普通だと思っていました」とルイーズ・チウは言う。
学校に通っていたときに、ここで述べてきたすべての事柄に気づけていたら良かったのに、と彼女は今になって思う。
「高校の自分を今に連れてきて、『2週間を私に預けてほしい。スケジュールを空けて、夜に9時間眠れるようにしてあげる』と言ってあげたい。よく休めたら生活の質や生産性がどうなるのかを当時の自分自身に見せられたら、睡眠の重要性をもっと信じるようになったでしょう」
本章のまとめ
・まだ発達の途上にあるため、10代の感情は増幅される。
・10代が睡眠不足になると、この感情は強まる。怒りのようなネガティブな感情はさらに沸騰し、ポジティブな感情は抑制されてしまう。
・自殺リスクが最も高い年齢層は、中高生を中心とする10代である。
・十分な睡眠を取ることは、メンタルヘルスを促進し、希死念慮を減らすひとつの方法である。
・睡眠は感情的な回復力を強め、ストレスへの対処を楽にする。
育児ジャーナリスト。
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