AI時代を生き抜く力と折れない心を育てる――「人にしかできない「遅い思考」の育て方」
生きる力と考える力が勝手に伸びる、読み聞かせのすごいコツ。超難関校に子どもたちを合格させた“古くて新しい”子育て。「スマホ育児」の解毒剤としても有効!
教育
AI時代を生き抜くために育みたい「想像力」や「共感力」。それらを育むヒントは、実は親しみ深い「昔ばなし」にありました。言葉の奥に隠されたメッセージを読み解き、子どもの未来を育むコツをお届けします。
沼賀 美奈子著の『本当の頭のよさが育つ昔ばなしの魔法』(青春出版社)から一部転載・編集してお届けいたします。
人にしかできない「遅い思考」の育て方
今はタイパ時代です。タイパとはタイムパフォーマンスのこと。
タイパが常に重視されるようになりました。子どもたちも長い動画は倍速で見て、情報を効率よく摂取しています。
行動経済学者ダニエル・カーネマンは、人間の思考には二つのシステムがあると述べています。
ひとつは「速い思考」。
直感で自動的、素早く判断するシステム。
もうひとつは「遅い思考」。
意識的で論理的、深く考えるシステムです。
現代社会は「速い思考」を最大化する道具であふれています。
しかし、「遅い思考」を養う道具は、案外、昔から変わっていないのかもしれません。
昔ばなしを読んだ子だけが得られるもの
AIやスマホは、子どもたちに正解に速くたどり着く方法を教えてくれる素晴らしい道具です。しかし、子どもの思考や心をゆっくり深く育ててはくれません。
一方で昔ばなしは、速く結果を出すための道具ではありません。
答えはすぐに出ない。
説明は省かれていて、あいまい。
展開は理不尽。
タイパの面から言えば最悪かもしれません。
でも、そのすぐに答えが出ない余白や、どうしてこんなことが起きたのだろうと思いを巡らせる時間こそが、子どもの心の根っこを深く、太くしていきます。
人間は、パッと答えを与えられたときではなく、心が揺さぶられ、モヤモヤとした問いを胸に抱え続けたときに思考が深まります。
これからの時代、速く処理することや、速く正解を出すことは、機械が全部やってくれます。だからこそ、人間にしかできない深く考える力、深く感じる力が、本当の頭のよさの指標になります。
最新のテクノロジーに触れることは、もちろん大切です。
でもそれと同じくらい、古くてアナログな昔ばなしが、子どもたちの「遅い思考」を養ってくれます。
昔ばなしは、ただの古いお話ではありません
昔ばなしといえば、「桃太郎」や「白雪姫」という人がほとんどです。
昔からある子ども向けのお話。
教訓を学ぶための道徳の教材。
そんなふうに思う方も多いかもしれません。
でも、本来の昔ばなしは、何かを教え込むための話ではありません。
子どもを楽しませながら、本来持つ人間の力を引き出すものです。
だから昔ばなしは、悩み多き現代の子育てにこそ必要な声の贈り物であり、心の処方箋なのです。
現代のお父さん、お母さんは、たくさんの悩みを抱えています。
「うちの子、集中力がなくて」「すぐ諦めてしまう」「お友だちとうまくやれるかな」「この先、厳しい社会で生きていけるだろうか」
いつの時代も変わらない悩みです。
でも、安心してください。
その悩みは、あなた一人が抱えているものではありません。
人類の長い歴史の中で、何百年前の親たちも、同じように悩み、子どもを案じ、夜空を見上げてきました。
「どうすれば、この子は強く生きられるだろう?」
「この子は、幸せになれるだろうか?」
昔ばなしには、そんな先人たちの悩みの解決策が詰まっています。
長い歴史の中で、「こう考えたら楽になったよ」「こういうときは、こうするとうまくいったよ」というたくさんの知恵が、昔ばなしという形に凝縮されているのです。
何百年も語り継がれてきたのには、わけがある
私の恩師はドイツ文学者であり、昔ばなし研究の第一人者として国際的にも高く評価されている小澤俊夫先生です。
私は大学時代に小澤先生に出会い、卒業後も子育て中も、先生の昔ばなし研究所に所属していました。
先生の講義をよだれたらして睡眠学習していた18歳の私。
育児に必死で本も読めない30代の私。
先生から見ると、どんなときもやる気がなかった私。
そんな私が40代半ばを過ぎた頃。
小澤先生と出会ってから30年くらい経ち、大学で教壇に立つ私を見て、先生がこう言いました。
「やっと起きたか、眠り姫」
「眠り姫」という昔ばなしがあります。
魔法使いに呪われて一○○年眠り続けた姫の魔法が解けて目覚める物語です。
先生はそれに引っかけて、冗談交じりにこんなことを言ったわけです。
小澤先生は言います。
「今では社会で立派に活躍している教え子たちは、若い頃は寝てばかりだった。でもみんないつかは起きるんだよ」
先生がこんな長い目で見てくれたから、私も今、昔ばなしを大学で教えたり、こうして本を書くことができているのです。
親は、誰でも最初は子育ての素人です。自分の子どものことしか知りません。
一人か、二人か、多くても数人の子育てしか経験できないのだから、仕方がありません。
一方、昔ばなしの背後には、何百年もの間、無数のおじいちゃんやおばあちゃんたちが、孫たちに語り継いできた歴史があります。
彼らは、子どもが大人になっていく様子を長いスパンで見てきた子育ての超ベテランです。
親である私たちは、目の前の子どもの今の姿だけを見て「どうしよう」とオロオロします。一喜一憂しません。
けれど、昔ばなしには、そんな先人たちの「今はダメに見えても、人間って長い目で見れば大丈夫だよ」というドッシリとした視点と知恵が、物語の形をとってたっぷりと染み込んでいるのです。
昔ばなしの本を開けば、先人たちが語りかけてきます。
「大丈夫、今は寝てばかりいる『寝太郎』でも、ときが来れば起きてくるよ」
「失敗ばかりの愚か者でも、愛嬌があれば助けてもらえるよ」
「今、どんなに醜く見えたとしても、本当の姿は美しいんだよ」
ベテランたちのまなざしを通して生き残った話だからこそ、昔ばなしは目先の姿に「長い目で見れば大丈夫」というドッシリとした答えを持っています。
だからこそ、迷ったとき、昔ばなしの懐に飛び込んでほしいのです。
昔ばなしの読み聞かせは、スマホ育児の解毒剤
夕方になれば、コンロの火を気にしながら、足元でぐずる下の子をあやし、上の子には「ごめん、それは今できないから、ちょっとだけこれ見ててね」とスマホを手渡す。
そのたびに、無表情のまま、短い動画を指でスクロールし続けるわが子の姿を見る。
画面に釘付けになって静かになった上の子を見てホッとすると同時に、胸の奥にはチクッとした痛みが走ります。
「こんな見せ続けて、脳に悪い影響はないだろうか」
「考える力が奪われているんじゃないか」
私も、そんな得体の知れない不安に襲われる毎日を送っていました。
子育て中、どうしても手が離せないときにスマホやタブレットに頼ることは、現代の親にとって避けられない現実です。
長時間にわたる動画視聴、特にショート動画の連続視聴については、睡眠や注意力、感情調整などへの影響が指摘されています。
最大の問題は、ショート動画特有の刺激の強さや完結までの速さです。
次々と切り替わる映像。強い効果音。すぐにオチがつく構成。
こうした刺激に慣れすぎると、子どもは待つことや、何もない時間に耐えることが、だんだん苦手になります。
待たずに済む快感に慣れると、脳は受け身になりやすいのです。
なぜなら、目の前の映像を、ただ受け入れるだけで楽だから。
また、自分で文脈を補完したり、次の展開を想像したりする必要がありません。
その結果、子どもたちは、刺激のない時間や、答えが出るまでの間に耐えられなくなっています。思考力や想像力が育つのは、空白の時間なのに。
一方で、親子での読み聞かせには、子どもの言葉や想像力を育てるだけでなく、親子の間に安心できるやりとりを回復させる働きがあり、スマホ育児の影響をやわらげる可能性も示され始めています。そして、これらは私が長年、昔ばなしの読み聞かせの活動の中で実感してきたことでもあります。
寝る前のほんの数分でも、誰かの声で昔ばなしを聞く時間があれば、子どもは少しずつ落ち着きを取り戻していく。親子の空気まで、変わっていく。
私はその場面を、何度も見てきました。
子どもの頭と心にもたらす3つのメリット
動画漬けの脳に、昔ばなしが効く理由はシンプルです。
昔ばなしは、スマホが奪うものを、ちょうどそのまま取り戻してくれます。
自分で想像する脳を取り戻す
スマホの動画は、映像も音もそろった状態で届けられます。
子どもはただ受け取るだけで楽しめます。
でも昔ばなしは違います。基本的に、耳から入る声を頼りに、自分の頭の中で情景を立ち上げる必要があります。
やまんばの顔も、森の暗さも、お城も、自分で思い描かなければなりません。
これは、脳にとってはかなり能動的な作業が必要になります。絵本にしても1枚のイラストを頭の中で動かし、補完しなければなりません。こうした時間が、受け身になりがちな日常のバランスを取り戻します。
私は、子どもたちが昔ばなしを聞いているうちに、ぼんやりしていた目が輝きだし、自分で世界をつくり始める瞬間を、何度も見てきました。
待てる心を育てる
ショート動画の快感は、速さにあります。
3秒でオチが来る。次もすぐ来る。待たなくていい。
その快感に慣れた脳は、少しでも間があくと耐えられなくなっていきます。
一方、昔ばなしには、間があります。
「さあ、どうなるだろう?」という答えが来るまでのドキドキ。
そのちゅうぶらりんの時間こそが脳に余白を与え、想像力の土壌になります。
すぐに答えが出ない時間を味わうことが、落ち着いて耳を澄ませる力や、先を思い描く力につながっていく。
私は、この待てる心こそが、考える力の土台になると感じています。
ぬくもりが興奮をしずめる
動画が与える刺激は、強くて、速くて、次を求めやすいものです。それに対して、身近な人の声で聞く昔ばなしには、まったく別の安心感があります。
近い距離で声を聞き、同じ時間と空間を共有し、共に物語に浸る。
その体験は、子どもの緊張をゆるめ、語り手とのつながりを感じさせます。
私が見てきた保育の現場でも、昔ばなしを読むと、荒れていた子の緊張が少しずつほぐれていくことがよくありました。
刺激の強い一日の終わりに、読み聞かせの時間があることが、子どもを心の安全地帯へ連れ戻してくれます。
スマホを完全に手放すことは、現実的ではありません。
だから、一日の終わりにほんの少しだけ、昔ばなしを読み聞かせてほしい。
寝る前に5分の「ちょい足し」昔ばなし。
それだけで、子どもの毎日に、考える時間、待つ時間、安心する時間が、少しずつ戻ってきます。
昔ばなし研究者/大学講師
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