AI時代を生き抜く力と折れない心を育てる――「AIと一緒に生きるために必要な力とは」
生きる力と考える力が勝手に伸びる、読み聞かせのすごいコツ。超難関校に子どもたちを合格させた“古くて新しい”子育て。「スマホ育児」の解毒剤としても有効!
教育
AI時代を生き抜くために育みたい「想像力」や「共感力」。それらを育むヒントは、実は親しみ深い「昔ばなし」にありました。言葉の奥に隠されたメッセージを読み解き、子どもの未来を育むコツをお届けします。
沼賀 美奈子著の『本当の頭のよさが育つ昔ばなしの魔法』(青春出版社)から一部転載・編集してお届けいたします。
いつのまにか、考える力も生きる力も奪われる環境
子どもをやっと寝かしつけた、静かな夜。
ようやく一人になれて、ホッとしたはずなのに・・・。
なぜか、手が伸びてしまうスマホ。
なんとなく開いたはずなのに、気づけばスクロールが止まらない。
「○歳までにやるべきこと」
「できる子の親がやっている習慣」
見なければいいのに。
そう思いながらも、指は止まらない。
そして、見終わったあとに残るのは「それに比べて、私は・・・」。
SNSにあふれる「正解」で、気づけば、自分を責めていませんか?
「今日も動画ばかり見せてしまった」
「また怒ってしまった」
「ちゃんとしたこと、何もできていない気がする」
誰かと比べたいわけじゃないのに。
比べたくなんてないのに。
それでも、勝手に比べてしまって、勝手に落ち込んでしまう。
そんな夜を、何度もくり返していませんか?
AIと一緒に生きるために必要な力とは
「AI」という言葉を毎日、耳にするようになりました。
AI時代の未来は、誰にも予測できません。
だから親は焦ります。
「後れを取ってはいけない」と。
そう思って、スマホの情報にすがりたくなる気持ち、よくわかります。
でも、ちょっと待ってください。
AI時代を生き抜くために必要なのは、本当に最新の知育アプリや早期教育なのでしょうか?
今や小学生でも、わからないことがあれば親に聞く前にスマホでAIに答えを尋ねる時代です。
AIは怒らないし、何度でも丁寧にすぐに正解を出してくれます。
しかし、この便利さの裏には、子どもを静かにむしばむ副作用が潜んでいます。
子どもたちの様子もこの十数年で大きく変わりました。
脳が育つのは「どうしてかな?」と考えている時間です。
失敗して、試行錯誤する過程。
でもAIは、その成長の機会を奪ってしまうのです。
ブロック遊びでうまく形が作れないとき、以前なら「どうすれば倒れないかな?」と何度も試していました。
今は違う。すぐタブレットで動画を見て、その通りにするだけ。
子どもは「待つ」ことを知らなくなっているのです。
これからの時代、AIは避けて通れないツールです。
だからこそ、AIの便利さに飲み込まれてはいけません。
自分の頭で考え、正解のない世界をたくましく生き抜くための「人間としての強い根っこ」を育てておく必要があります。
では、考えぬく力や待てる力は、どうすれば育つのでしょうか。
そのヒントを、アナログな昔ばなしが持っています。
これからは知識よりも、違和感が武器になる
私自身、毎日AIにまみれて仕事をしています。
その中で確信していることがあります。それは、AI時代に一番大事なのは知識ではなく、自分の感覚だということ。
もっと簡単に言うと、「あれ?なんか変だな?」と感じる力です。
「おや?何かがおかしい?」
「きれいな映像だけど、なんだか心に響かないな」
「正しそうな感じだけど、しっくりこないな」
この感覚は伝わりますか?
おいしそうなのに食べてみたら何かが物足りないという感じ。
説明できないけれど、なんとなく信用できない人に会ったときの感じ。
論理的には正しいのに、どうしても「うん」と言えないときの感じ。
それが違和感センサーです。
頭で考えるより先に、体のどこかが反応してしまう、あの小さなサイン。
なんだかしっくりこないという感覚こそが、実は未来の護身術です。
どれほど正しそうに見える答えでも、最後に自分を守るのは、この小さな違和感。
以前なら「なんで?」「どうして?」と立ち止まっていたところを、今の子どもたちは、強い刺激の流れにそのまま乗りやすくなっています。
次々と切り替わる映像に慣れて、子どもも自分の中の「あ、なんか変だな」という声が、だんだん聞こえなくなっているのです。
昔ばなしこそが最高の「なんか変だな?」トレーニング
では、どうすればいいのでしょうか?
違和感センサーを育てるには、きれいに整った環境ばかり与えるのではなく、すぐに答えが出ない体験を、日常に取り入れることです。
たとえば、舗装されていないデコボコの山道を歩いてみる。
虫や植物の不思議な生態に触れる。
目的もなく遠回りをして迷ってみる。
安全で効率的に整えられた日常から一歩はみ出した不便さが、とても大切。
でも実際は、保育園帰りにあえて遠回りをして迷ったり、自然の中で泥んこになって遊ばせたりするのは、忙しい毎日の中では難しいでしょう。
そこで、私が提案したいのが昔ばなしの読み聞かせです。
実は、家庭の中で一番手軽にかつ、強烈にデコボコの不便さを持ち込めるツールこそが昔ばなしなのです。
王子、姫、愚か者、きつね、カエル、たにし。
まるで違う立場や種類の登場人物たちが次々と現れる。
それは多様な価値観との出会いです。
論理も道徳も飛び越えた展開。
理不尽な出来事。
それは舗装されていないデコボコ道のようです。
「なんでこうなるの?」「なんか変だな」
と首をひねるような体験が、昔ばなしにはあふれています。
古い言葉、なじみのない世界観、すぐには意味が飲み込めない話の流れ。
それは、楽しみながら、わからなさに耐える練習です。
理不尽さもある。飛躍もある。よくわからなさもある。
だからこそ、子どもの中のセンサーが動くのです。
「なんで?」
「変だな」
「でも気になる」
その小さな引っかかりの積み重ねが、感じる力を育て、考える力の芽になります。
昔ばなし研究者/大学講師
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