「働き方改革」よりも「休み方改革」――スマホを休み、依存先を増やす自立へ
気鋭の実業家で注目のインフルエンサーである著者が、世界100ヶ国を訪れて見えた「休みの本質」について、自身の体験やヨーロッパの事例などをもとに解説します。
生活/暮らし
「休むことに罪悪感がある」「何もしない時間が怖い」……そう感じる人にこそ読んでほしい言葉が詰まっています。仕事や役割に追われる日々から一歩立ち止まり、人生の満足度を高める「思い出づくり」の大切さを教えてくれる一冊です。
谷口 たかひさ著書の『休む勇気 人生で一番大事な仕事は「思い出づくり」』から一部転載・編集してお届けいたします。
「スマホ依存」の子ども、スマホを制限することは「睡眠」や「食事」を制限するほどのストレス
全国で講演に呼ばれて回っていると、よくいただく質問のベスト3に、「子どもがゲームやYouTube、スマホやタブレットなどをずっと見ていてイヤだ」というものがあります。
スマホ依存などの弊害としては、視力の低下、睡眠障害、集中力の減退といった心身への悪影響から、人間関係の悪化といった社会的な悪影響まで、多岐にわたるものが挙げられています。
Z世代を対象に2024年に行なわれた調査によると、約72パーセント、じつに10人に7人以上が自分が「スマホ依存」の自覚があるという結果が出ています。(「みんギガ」調べ)。
驚くべきは、スマホの利用を制限した時のストレス度です。
「以下の項目が3日間制限されるとしたら、どの程度ストレスを感じますか」という質問に対して、スマホ利用制限のストレスは、「睡眠」や「食事」を制限することと同等のストレスだという結果が出たのです。
スマホ利用を制限するくらいなら、「歯磨き」や「入浴」「家族とのコミュニケーション」を制限するほうがまだマシだというのだから驚きです。
ここまで書くと、この問題は子どもや若い世代特有のものだと捉えられがちですが、英誌「エコノミスト」はむしろ、「親世代のスマホ依存のほうが深刻だ」と警鐘を鳴らしています。
テレビにそれほど親しみがない今の若い世代に対して、テレビに親しんできた世代が、そこにスマホやタブレットもプラスアルファとして取り入れた結果、起きている時間の半分はスクリーン漬けになっているというのです。
子どもなどに比べ、学校や親から制限されることもなく、際限なく使い続けることができる環境下にあることも、親世代のスマホ依存を加速させていると、同誌は伝えています。
韓国で行なわれた調査でも、「子どものスマホ依存は親の影響である可能性が非常に高い」という、次のような調査結果が出ました。
・親がスマホ依存である場合、子どももスマホ依存になる割合は「約80パーセント」
・親がスマホ依存でない場合、子どもがスマホ依存になる割合は「10パーセント未満」
そうです。子どもがスクリーンに支配されていると感じた時は、自分もそうないっていないかを見つめなおしたほうがいい、ということなのです。
「同族嫌悪」という言葉があります。
自分が自身について嫌悪している部分を、他の人の中にも見出した時に嫌悪感を覚える、という意味で使われる言葉です。
他人のある要素に嫌悪感を覚えた時は、もともと自分の中にも同じ要素があって、そんな自分が嫌いだからかもしれない、ということです。
子どもがスクリーンに支配されている様子を見て嫌悪感を覚えるのは、自分がスクリーンに支配されているということを自覚していて、そんな自分に嫌悪感を覚えているから、という理由があるのかも知れません。
では、自分も子どももスマホ依存から脱却するためには、どんな方法が効果的なのでしょうか?
僕は「スマホ依存からの脱却と、低下した自己肯定感の回復」というテーマで講演に呼ばれることもあります。
スマホ依存から脱却するには、スマホを一定時間以上利用すると強制的にロックがかかる設定をしたり、通知をオフにしたり、画面をモノクロにして魅力を減らしたり、よく言われがちな対策を行なうことももちろん重要だと思います。
親と子どもで約束した時間が守れないのであれば、一定期間は利用を制限するといった親の毅然とした対応も重要かも知れません。(それができない親が増えているように感じます)。
しかし本質的には、「スマホ以外の依存先を増やす」という対策も検討してほしいと思います。
脳性マヒを持ちながら小児科医になった先生の言葉で、僕がとても好きなものがあります。
「自立とは、何にも依存していないことではなく、依存先が多いことである」
というものです。
例えば、小さな子どものことを考えてみてください。
依存先と呼べるものは、親ぐらいではないでしょうか。
それが成長するにつれて、親以外にも依存先を増やしていきます。
先生だったり、友だちだったり、恋人だったり、先輩だったり、後輩だったり、バイト先だったり――。
まさに、依存先がなくなったのではなく、増えたという状態です。
こうやって依存先を増やしていくことこそが、自立だというのです。
「スマホ依存」というのはその名の通り、スマホに依存している状態です。
その状態から脱却しようとするのも大切かも知れませんが、依存先を増やすという方向も検討してみてほしいのです。
新しい場所に出かけてみたり、新しいことを始めてみたり、新しい人に会ってみたり――。
そうやって、スマホ以外の依存先を増やすことができたなら、相対的にスマホに使える時間は減っていくでしょう。
僕は運動に依存しており、毎日のようにジムに行くほか、山登りや自転車移動、水泳をします。
そういったことをしながらスマホを使うのは困難を極めるので、相対的にスマホを触る時間が減りました。
また、行政が介入する、そのために自分が行政に動くよう働きかけてみる、ということも重要だと思います。
子どものスマホに関して、規制を設けるという国が今どんどん増えてきています。
SNSの利用に関しても、オーストラリアでは16歳未満の子どもの利用を禁止する法律が施行されました。
フランスでも、2025年9月から全小・中学校で校内での使用が禁止されており、こうした動きに続くことを発表している国も多々あります。
「学校までSNSなどのプラットフォーマーの植民地にされてはいけない」というのです。
さらに、フランスでは、SNSによって子どもが暴力的になっているということも指摘されています。
日本でも、子どもが子ども同士はおろか、先生に対しても暴力行為に及ぶことが増えてきたと報じられています。
こうした問題とスマホ依存は結び付けて報じられてはいませんが、その関連性については調査されるべきだと思います。
自分の子どもだけにスマホ利用などを制限すると「他の子はやっているから」という反論が出たり、そのせいで自分だけ友だちの輪に入りにくいということが現実問題としてあると思います。
親としては頭を抱えるとても難しい問題だと思います。
だからこそ、行政がある意味嫌われ役となって、一律で規制を設けたり、指針を出すことが重要だと思いますし、そのための行政であるはずです。
日本でも、愛知県豊明市が「大人も含め、一日のスマホの使用は2時間以内(仕事利用は除く)」という条例を施行しました。
僕が知る限り、日本で初めてとなるものです。
この「一日2時間」という指針も、完璧ではないにしろ、医師の意見などに基づいて出されているものなので、よかったら参考にしてみてください。
ここでお伝えした話とも密接に関係する、英語の有名な逸話を僕が訳したものを紹介させてください。
おじいちゃん、おじいちゃんたちの時代は、色々なものがなかったのにどう生きていたの?
パソコンも、ドローンも、電子決済も、インターネットも、テレビも、エアコンも、車も、スマホもなかったんでしょ?
おじいちゃんは答えました。
孫よ。わしもおまえたちの時代が、色々なものなしに、どう生きているかが理解できないんじゃよ。
祈りも、情熱も、尊重も、ホンモノの教育も、人格も、人の温もりも、恥も、謙虚さも、誠実さもないだろう。
わしらの時代は、本当に恵まれていた。わしらがその生き証人じゃよ。
学校が終わったあとは、原っぱで日が暮れるまで遊んだ。
ネット上の知り合いなどではなく、ホンモノの友だちがいた。
ノドが渇いたら、ペットボトルの水などではなく、噴水や滝や井戸の水を飲んだ。
食べ過ぎで太るということもなかった。
はだしで歩いても大丈夫な地面だった。
健康のためにサプリを飲む必要もなかった。
自分たちの手作りのオモチャで遊んだ。
親は物質的には豊かではなかったが、愛や、目に見えない宝ものをたくさんくれた。
確かにスマホもゲームパソコンもインターネットもなかったが、真実の友だちがいて、それで十分だった。
約束もなしに友だちの家を訪ねては、一緒にごはんを食べ、喜びを分かち合った。
写真はモノクロだったが、思い出はカラフルじゃ。
わしらの世代は、親の言うことをちゃんと聞いた最後の世代で、子どもの言うことに耳を傾けた最初の世代じゃ。
わしらは、本当に特別な世代なんじゃ。
わしらから学び、踏み台にしてくれ。わしらは、おまえたちにとっての宝で、もうすぐ消えてなくなる運命なんじゃから。
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