メンタルドクター伝授! 「子どもは別人格である」
AI時代を生き抜く 子育てメソッド。 心理学、脳科学の理論をベースに、パフォーマンスを最適・最大化してきた日本で随一のメンタルドクター伝授!
しつけ/育児
子どもは、親と同じ人間であり、別人格である
子どもと大人の違いは、たった1つだけ
どんな子どもたちもそれぞれに未熟ですが、すべての子どもは親、保護者、大人とまったく同じ人間だということを忘れてはいけません。
すなわち、生きていて、命があり、脳があり、思考があり、感情があって生きている同じ生命体です。
子どもはまださまざまな経験が少ないですから、人間としての脳が大人よりも未成熟だという違いがあるだけです。
認知の脳がさまざまな経験や環境によって育まれて、大人になっていくのですが、その中で才能や個性も同時に育まれていきます。
子どもの経験や環境に、親や保護者はもちろん強く影響を与える存在ですが、子どもは別の人格で、しかし同じ人間として育っていくことを忘れてはなりません。
未熟さは、大人にも子どもにもあり、年齢は関係ない
どんな人間も未熟な面はあるでしょう。
その人間の経験してきた環境の中でしか、その人の脳は育まれていかないので、何歳になっても未熟です。
だからこそ、何歳になってもまだまだ成熟・成長できるのが人間の魅力でもあります。
人間の臓器の中で、最も可塑性があるのは脳です。
可塑性とは、「経験と環境を与えられれば成長できる」というもので、「トレーナビリティ」とも言います。
何が言いたいのかと言うと、子どもだろうが大人だろうが、みな未熟だし、成長過程においては同じだ、ということです。
だから、子どもを未熟な存在として特別扱いして、子育てするのはやめませんかとお伝えしたいのです。
未熟とは、優劣ではありません。
違いなだけです。
ある大人が、あることで知識が少ないがゆえに失敗したりするのは、そのことにおいて経験が少なく、その人の脳の中で体得することができていないだけのことです。
フランス人が箸を使って上手に蕎麦や豆を食べることができないのは、その経験が少ないからであって、劣っているわけではありません。
「うちの子だけができないのかも」と不安になってしまう原因
もし大人同士なら、その違いを認めたり許容したりできるのに、子どもに対して、さらに自分の子どもになると、急になんとかしないといけないという恐怖に駆られたり、「うちの子どもは、劣でダメな人生を歩んでしまうのではないか」という不安に陥ってしまうのかもしれません。
そんな不安に陥ってしまうのはわかります。
なりますよね。
私も油断すると、そうなっていたように思います。
それは、人間の認知の脳の違いではなく、優劣で人やモノを見て、意味づけするようになっているからです。
子どもになると、ただの未熟であったり、親と違うだけなのに、自分の中にある優劣の尺度が脳の中で大鉈を振るいたくなるのです。
その脳の仕組みは親の私たちにも搭載されています。
親になった瞬間に、その脳機能がなくなるなんて、都合のいいことにはなりません。
だから、脳の悪い癖でそう思えてしまうだけであって、経験が少なかったり、未熟だったり、個人の違いに過ぎないので、変に不安に陥る必要はありません。
未熟は劣ではなく、違い
子どもに未熟なところが多々あるのも、自分も含めて、すべての大人や人間と同じです。
「未熟なところは劣ではなく、ただの違いなのだ」という意識を持って子どもに接しないと、親は自分の優という認識を一方的に押し付けてしまうことになります。
他の大人には押し付けることはないのに、自分の子どもになると、この傾向が強くなります。
自分の子どもであっても、別の人間で、別の人格で、別の脳の持ち主なのです。
親の責任は、子どもに親の優という尺度を植え付けることではなく、まだ未熟なところはあるけれども、対等な人間として接して認めてあげることです。
そう接しられて育った子どもは、他者にもそれぞれの違いを認め、自分自身にも劣のレッテルを貼ることなく、自分らしく生きていく可能性が増えていきます。
スポーツドクター。メンタルコーチ。産業医。株式会社エミネクロス代表取締役。
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