Xで1億PV超えの夫婦エッセイ!「子どもが生まれると夫婦はなぜこんなにもこじれるのか」
「結婚を人生の墓場にしない可能性を見出したい」をモットーに夫婦運営を続けてきた、 10年に渡る壮大な実験の記録がここに。 Xで大バズり連発!共感と衝撃が止まらない、話題の夫婦エッセイ!
夫婦関係
家事・育児のシェアは、なぜ嫌悪感ばかり生んでしまうのか?悪気がないのに衝突する日々のモヤモヤを、感情論ではなく“結婚は会社の運営“、パートナーは“共同運営者“の視点で解決。お互いにイライラせず、家庭をスムーズに回す知恵を徹底解説します。
下田 美咲さん著書『株式会社 夫婦』から一部転載・編集してお届けいたします。
子どもが生まれると夫婦はなぜこんなにもこじれるのか
家事・育児は“嫌悪感製造機”なのである
たぶん、夫との関係が“夫婦以外”の間柄だったら。
知人だったり、友達だったり、同僚だったり、あと彼氏だったり、あと兄とか弟とか親とか子とかの家族だったとしたら、別に嫌いなところは特にないと思うのだけど。
夫婦であるがゆえに、その関係性で家事・育児をシェアしているがゆえに、今の私には彼に対して嫌いなところがまぁけっこうたくさんあって。好きなところと同じくらいの数の嫌いなところがあるのでは、ってくらいに。
家事・育児のシェアって、ほんと、嫌悪感製造機なんですよ。
もちろん好意も育てるんだけど。
でも、やっぱり圧倒的に、嫌悪感を生み出しやすい!
だから結婚は人生の墓場になりやすいし、結婚して子どもができると不仲になるカップルがほとんどなんだろうな~って。
その仕組みには納得である中で、それでも結婚に敗れないためには、コミュ強となる決意を固めて・圧倒的に伝え・徹底的にすれ違いを防ぐことがとても大切だなと。
ということで、家事育児を共にしながらも決裂しないための夫婦運営の極意を紹介していきます。
名もなき家事、「あなたがやらないせいで私がやる羽目に」は勘違い。実は押し付けられてない
どの家庭でも大体どちらかが、「パートナーが名もなき家事をやってくれなくてウザい!」という不満を抱えている。
その気持ちはよく分かる。分かる上で、この問題に潜む構造を理解することで、夫婦生活はグッと円滑になると感じている。
たとえば、「トイレットペーパーの芯を捨てずに、トイレにずっと積んでいる夫にイラつく」という状況があったとして、そこに不満を感じるのは、「私に押し付けないでよ!」という気持ちがあるからだろう。
しかし、私は思う。
実は、トイレットペーパーの芯をずっと積んでいくその男性には、それを妻に押し付けようなんて意図はないのではないか、と。
「置いとけばやってくれるっしょ」などと舐めた態度で芯の処理を妻に託しているわけではなく、おそらくその男性は、もしも一人暮らしだったら、限界がくるまで芯を積んでいくタイプの人ってだけなんじゃないだろうか。
つまりのこと、彼の中には「マメにトイペの芯を片付ける」という発想がそもそもなくて、10個や20個くらいならひとまず別にそこにあるままで良い対象であって、よっぽど邪魔にならない限りは「そのままでいいや」と思って生きていて、「じゃ、あとよろしくね、片付けといてね」と思って置いていっているわけではない。
たまに、トイペの芯を捨てない派の中には、ある程度溜まってきたらそれでオブジェを作り始める猛者がいたりもするし、【芯が出たらすぐに捨てないといけない】なんて決まりは実はなくて、「すぐに捨てたい派」と、「溜まってからまとめて捨てたい派」と、むしろ「工作の素材として集めている派」がいる。
――その人が一人暮らしだったら発生しない家事
家事は、本人が「やりたい・やらないと気持ち悪い」と思った分だけ発生するもので、実は決まったラインナップが存在しない。
だから、夫婦が同居する上では、各々が「自分が一人暮らしだったらやるようなこと・やらずにはいられないこと」の担当者をやるのがシンプルで、相手にとって「もしも一人で暮らしていたら、そもそもやる発想がないこと・存在していない家事」を自分の一存で義務付けるのは、けっこうジャイアン。
トイペの芯でいえば、「まとめて捨てた方が効率が良い」と思っていて、あえていちいち捨てずにいる場合もあるだろうし、そう思っている側からすると、必要性もないのに毎回捨てろと言われることは「え〜その労力、無駄じゃね・・・?」とストレスになるだろう。
「どう暮らしたいか」って、本当に個人差がある。人によってぜんぜん違う。
そして家事は、それ次第で量や質や頻度がかなり変わる。
だから、夫婦を運営する上では、自分にとっては「当然にやるべき家事」だとしても、全ては「私はこう暮らしたいんだよね。だからこうするね」っていう以上でも以下でもないという認識を持つべきだし、それがない妻や夫がワンマン社長的な暴君になりがち。
掃除は「不潔がる才能」が必要
夫は私と結婚してから、だいぶ成長を遂げて、一人暮らしだったらやらなかったのだろうけど今となってはやってくれるようになった家事や、身に付いた習慣が沢山ある。「そんなこと考えたこともなかったけど、言われてみれば、たしかに必要だね」と腑に落ちると、それまではやってこなかったことでもできるようになることはある。
だけど、たとえば四角い部屋を丸く掃くみたいな掃除の仕方をする人に「ねえ、ここがまだ綺麗になってないじゃん。もっとちゃんと掃除してよ」と伝えたとして、そういう人ってそもそもあまり汚れを認識できていないから、指をさして教えた箇所はできたとしても、また別のシチュエーションになったら結局丸く掃いてる、みたいなことになる。
埃とか汚れって幽霊みたいなもので、見える派の人と見えない派の人がいる。掃除っていうのは実は「汚れを見つけ出す才能」や「不潔を不快だと感じる感受性」が必要だから、手を抜いてるわけでもなく、シンプルに「え、どこが汚れてるの?!もう十分に綺麗じゃね?!」という感覚ゆえに、それ以上のクオリティを目指せない人っている。
夫はよく「あれが見つからない、これが見つからない」と騒ぎ出すのだけど、私が見に行くと、いつも普通に所定の場所にある。
何をどう探したらこれを見つけられないんだよと思うのだけど、その場所をウロウロしながら「子どもの水筒の紐がない!」とかって言っているから、こんなに目立つ色の水筒の紐さえ見つけられないのだから、よく見ないと見えてこない埃とか黄ばみなんて、もっと見えないんだろうなと、不潔がる才能が必要なタイプの清掃全般は私が担当している。
だからこそ、「育児にしても家事にしても私にしかできないことが沢山あるんだから、あなたにできるようなことは全部やってよね!」と言い切っている。
クリーニングに持って行くとか、粗大ゴミの登録をするとか。
あとは“気づくセンス”を必要としない、ルーティン系の家事。
食器を洗うとか、洗濯物の処理とか。
トイレやら玄関の掃除は「あ、そろそろ汚れているな」と気づく力が必要だけど、食器洗いはシンクを見れば「洗うものがある」と誰でも発見できるから才能がいらない。洗濯も日課だし、洗い上がってきたものはそれぞれの場所に移動する必要があるって、夫でもわかる。でも洗面所の汚れは夫には見えてないから、私がやる。
家事の分担は、“そのことについて気になるタイミングが早い人がやる”っていうのがシンプルで無理がないけど、とはいえ、「それだと相手は何も気づかないから全部自分がやることになる、しんどい」と思うなら、こんな風に“気づく力がいらない範囲内”でどんどん仕事を振るといい。
―――パートナーはアシスタントじゃない
そもそも結婚したら、フェアさにこだわるより、パートナーがいるからこその醍醐味を味わうことに舵を切った方がいい。
夫は、家事を見つける力が私より弱いし、片付け・掃除・育児はだいたい私の方が得意だから私の比重が大きいけど、子どもたちが好きなゲームの話題に対応できるのは夫で、令和の子どもである息子たちが今時っぽく遊ぶための手配や設定をこなすのも夫。
つまらない話が聞けない私の代わりに保護者会などに出席するのも夫だし、女性特有の愚痴と謙遜と悪口で構成されてるような会話全般が苦手で井戸端会議に参加できない私に代わって地域の人間と社交して地元の情報をゲットしたり、息子の青春を彩るサポートをしているのも夫。
いつまでたっても子どもの栄養バランスを考えた食事を用意するのは苦手なようで任せられないけど、すじこを処理して自家製イクラにしたり、塊肉を手間暇かけて捌いて絶品の肉料理を作ったり、私のために数日かけてスモークサーモンを自家製したりするのは夫。
私にとって夫は、私がやってほしいと思ったことをやる要員ってよりは、【家庭内で、そんなことやれる可能性あったんだ(スモークサーモンって自家製できるんだ・・・)】とか、【そういうことをすると、こういう幸せに繋がるのか(ママ友パパ友を作ると、我が子がこんな風に喜ぶんだ・・・)】みたいな新発見をもたらしてきて、私一人では作れなかった幸せな家庭の形を作るための存在で、私のアシスタントとかじゃなく、この家庭の共同運営者だ。
夫には今までもこれからも、私にはやれないようなことで、この家の夫として父として活躍していただきたい。
エッセイスト
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