4万人の人生を変えた『自分軸手帳』のメソッド――過去の時間の積み重ねが今の自分をつくっている
時間や感情を書き出して「ありたい私」を取り戻す。誰かの「正解」をやめたら自分の時間ができた。4万人の人生を変えた『自分軸手帳』初の書籍。
生活/暮らし
「自分のことはいつも後回し……」そんな罪悪感や焦りを抱える親御さんへ。大切なのは、タスクをこなすことではなく「自分はどう生きたいか」という基準を持つこと。無理な頑張りを手放し、本当にやりたいことを実現するための時間を生み出す習慣術。
一番ケ瀬 瑶子さん著書『「やるべきこと」に追われない 自分軸習慣』から一部転載・編集してお届けいたします。
過去の時間の積み重ねが今の自分をつくっている
人生は、時間の積み重ねでできています。
今の自分は、これまで過ごしてきた時間の積み重ね。
食べたものが体をつくるように、過ごした時間が自分の人生をつくっているのです。
「このままでいいのかな」と思いながら誰かの期待に応えるために「やるべきこと」をこなす。
もしそんな今日を過ごしているなら、昨日も一昨日も同じように過ごしてきたのではないでしょうか。
そして、その時間の使い方を変えない限り、明日も明後日も、同じように漠然とした不安を感じながら過ごすことになります。
時間は嘘をつきません。
昨日の選択、1カ月前の習慣、3年前の決断が、今の自分をつくっています。
何かを「する」選択や、何かを「しない」選択の積み重ねが、今日という1日を構成し、それが人生になっていきます。
たとえば、「子どもや家族との時間を大切にしたい」と言いながら、その気持ちを後回しにして仕事ばかりしていたら、気づいたときには仕事だけの人生になっています。
家族を大事にしたいと思って、両親に年に何度も会いにいけば、家族の絆は深まります。
体を大切にしたいと思って運動の習慣を持てば、体調は良い方向に変化します。
どんなに忙しい毎日の中でも、「自分が本当に大切にしたいこと」のために時間を使えたら、その時間が積み重なって「自分らしい人生」が形づくられていきます。
「自分らしい人生」というと、何か大きなことを変えなければいけないように感じるかもしれません。
でも、大切にしたいことのために時間を使うといっても、いきなり24時間すべてを変える必要はありません。まずは、小さな単位で考えてみましょう。
「その15分を何に使うか?」で考えてみる
1日24時間の1%は、およそ15分です。
15分は、スマホを眺めたり、チャットの返信をしたりしていれば、あっという間に過ぎてしまいます。
ですが、この15分を「自分のため」に選んで使うことができたら、どうなるでしょうか。
15分はわずかな時間ですが、15分×1カ月で7.5時間、15分×1年間だと約90時間、なんと3.75日になります。
1日15分、「ちゃんとした暮らし」のための家事をやめて、お茶を飲んでほっとする時間をつくったら、心に余白が生まれる1年間になりそうです。
1日15分、「いつでも連絡がつく人」であろうとSNSやチャットに即レスするのをやめて、後回しにしていた旅行計画を練る時間をつくったら、毎日にワクワクが生まれる1年間になるでしょう。
これは、お茶を飲んだり、旅行の計画を練ったりする時間が良くて、ちゃんとした暮らしや即レスをすることが悪いという話ではありません。
大切なのは、何をするかではなく、その15分を過ごしているときに、自分の中に「私がこれを選んだ」「満たされている」というポジティブな感情が生まれているかどうかです。
良い時間を過ごすためには「自分軸」が必要
自分が「満たされている」「良い時間を過ごせているな」と感じるためには、自分の内側に「これが大事」という判断基準が必要です。
しかし、「これが自分にとって大事」と教えてくれる「内側の声」は、最初は非常に小さくて聞き取りづらいものです。
この「内側の声」、つまり自分の内側にある判断基準に従って行動することを「自分軸」といいます。
言い換えれば、自分軸で生きるとは、「自分はどう生きたいのか」「何に喜びを感じるのか、どこにいら立ちや不安を感じるのか」など、自分を深く知ることで見えてくる価値観を基準にして行動することです。
周りに振り回されず、自分にとって最適な選択をしていくためには、自分軸で行動することが欠かせません。
「どんな時間を過ごすと、自分にとって良い時間になるのか」は、最初から完璧な答えが見つかる問いではありません。
最初は仮決めのものを「こんな感じかな?」と小さく試してみる。
そして、自分がどう感じるのかという手応えを確かめてみる。
小さな気づきを得ることから始めればいいのです。
自分で選び、自分のために使う15分が、他の時間では得られない充足感をくれたなら、自然と「この15分を、30分にすることはできるだろうか」と考えるようになります。
そして、「次はあれもできるかな。こんなこともやってみたい!」と、変化のはずみ車を回すきっかけになるのです。
自分軸が揺らぐのは「外側の声」に振り回されるとき
なぜ、私たちは漠然と「このままでいいのかな」と悩んだり、「がんばっているのにどこか満たされない」という気持ちを拭い去れなかったりするのでしょうか。
それは、努力不足でも能力不足でもありません。
「外側の声」に知らず知らずのうちに振り回されているからです。
「外側の声」とは、社会が人を型にはめようとする外的なプレッシャーのこと。
「外側の声」の影響を受けると、「こうあるべき」という役割期待や「同じであること」を求める同調圧力によって、私たちが本来「こうありたい」と思っているのと違う方向に思考や行動が引っ張られてしまいます。
この「外側の声」は、特定の誰かによるものではありません。
私たちが属する社会、何気なく目にするメディアの情報、職場やママ友・パパ友の輪、親族といった共同体の中に、目には見えないけれども「空気」として存在しているものです。
具体的には、大きく分けて「役割期待」「同調圧力」「情報」の3つがあります。
①「こうあるべき」という役割期待
役割期待とは、「共働きでも仕事と育児を完璧に両立すべき」「社会人は自己研鑽を怠るべきではない」「母親なら家庭を優先すべき」「男性は強く頼もしくあるべき」といった、社会が暗黙のうちに求めてくる理想像のことです。
私たちは子どものころから、絵本やテレビで見る女性像や男性像、あるいは周囲の何気ない「いいお母さんね」「男の子なんだから泣かないの」といった言葉を通じて、「役割に合った振る舞いの正解」を無意識に刷り込まれています。
誰かに言われたわけではなくても、「こうあるべき」という社会規範を取り込み、「自分がどうしたいか」を問う前に、自分自身を型にはめてしまうのです。
さらに現代は、次の2つの要因によって、「こうあるべき」の構造が複雑化しています。
≫役割ごとの「こうあるべき」が渋滞している
現代を生きる私たちは、誰もが複数の役割を担っています。
そして、それぞれの役割ごとに「会社員ならこうあるべき」「母親ならこうあるべき」といった役割期待が存在しています。
しかし、「会社員としてフルコミットしつつ、母親として家事育児を完璧に行う」といったように、複数の役割の「こうあるべき」を同時に満たすことは現実的に難しく、「自分は役割を果たせていない」という矛盾と罪悪感を抱えることになります。
≫昭和と令和の「こうあるべき」の板挟みになっている
役割期待は、時代とともに移り変わるもの。
ただし、働き方やテクノロジーの変化の速さに比べ、精神的な文化や価値観の変化は遅れてやってきます。
そのため、親世代から受け継いだ旧来の固定観念や価値観が自分を縛ってしまい、新しい価値観を得ていく際に身動きがとれなくなることがあります。
女性であれば、「母親なら子育てを優先すべき」という旧来の役割期待と、「仕事と家庭を両立すべき」という新しい価値観との板挟みになっています。
男性であれば、「大黒柱として稼ぐべき」という旧来の役割期待と、「育休を取得して家事も主体的に担うべき」という新しい価値観との板挟みになっています。
このように、今の社会は昭和の価値観と令和の価値観が混在していて、多くの人がその板挟みになっているのです。
②「和を乱さないこと」を求める同調圧力
「和を乱さないこと」を求める同調圧力とは、集団の調和を乱さない、空気を読んで振る舞う、波風を立てない、世間の「常識」から逸脱しないなど、周りの人に合わせることを求めてくる無言の圧力のことです。
「みんなと仲良くしましょう」と協調性や集団の和を求められて育ってきた私たちは、無意識のうちに周囲を観察し、「和を乱さないこと」を重視して行動しています。
「みんなと同じでいたい」というより、場の空気が「調和」を求めてくるのです。
そのため、無意識のうちに他人の目を気に試してしまうようになります。
職場では「仕事熱心な人」の仮面をかぶリ、保護者会やママ友・パパ友付き合いでは「ちゃんとした親」の仮面をかぶる。
自分が今いる場から浮かないようにと、所属する場に合わせて仮面を取っ替え引っ替えしているうちに、だんだん自分の素顔や本音がわからなくなっていきます。
本当は気乗りしないけれど、断れずに参加したママ友とのランチ、会社の付き合いの飲み会、空気を乱さないように気を配りながら返信するLINEグループでのやりとり。
「ここで断って悪目立ちするより、合わせておいたほうが無難だから」と、自分の本音に蓋をして、集団の調和を守るために使っている時間はありませんか?
摩擦を避けるために本心では望んでいない行動を自分に課してしまうと、「本当は行きたくなかったのに」と感じている自分自身を裏切っているような違和感が蓄積し、次第に心がすり減っていきます。
③「自分には何かが足りない」と焦らせる情報
現代は、ありとあらゆる他人の「成功のハイライト」が目に飛び込んできて、自分が望まなくても他人と比較させられてしまう時代です。
SNSを開けば、他人の「充実した余暇」「キャリアの成功」「満ち足りた家族関係」など、良く見える一部分だけが次々とタイムラインに流れ込んできます。
良く見える部分だけが切り取られているにもかかわらず、自分の内側に判断基準がないと、他人のハイライトとありのままの自分を比べてしまいます。
「みんなはちゃんとできているのに、私だけができていない」と欠乏感を覚えたり、「もっと成長しなければ」「人より優れていなければ」と焦ったりと、望まない競争へと駆り立てるプレッシャーを感じてしまうのです。
「何かしなければ」と焦りに駆られて、「学ぶべき最新テクノロジーの勉強」「効率的に副業を始めるスクール」「格安の美容キャンペーン」「進学塾や学校説明会の予約」など、一見「やったほうが良さそう」な情報を手当たり次第探しにいってしまいます。
自分が心からやりたくてやっているのであれば、それは素晴らしいことですし、情報を探したり、実際に体験したりする時間も充実したものになります。
しかし、「世間から置いていかれたくない」という焦りや欠乏感から動いている限り、どれだけ新しい知識や体験を得ても、充足感は得られません。
目に飛び込んでくる情報を次々に追いかけていくと、時間はあっという間に溶けていく。いくら時間があっても足りません。
なぜ私たちは「外側の声」に揺らいでしまうのか
こうした「外側の声」が押し寄せてきたとき、自分軸が揺さぶられてしまうのには理由があります。
それは、私たちが子どものころから「正解を当てにいく」訓練をされてきたからです。
小学校・中学校では、「自分がどうしたいか」を問われることは少なく、「必ずどこかにたった1つの正解があり、それを当てる」という訓練を受け続けてきました。
そのため、「自分はどう考えるか、どうしたいか」と自分を主語にして考える前に、世間に漂う「正解っぽい選択肢」を選び、無意識に答えを当てにいってしまうのです。
「能動的他人軸」と「受動的他人軸」
私たちが「外側の声」に揺らいでしまうとき、その反応には、大きく2つのパターンがあります。
1つは、能動的に正解を取りにいくパターンです(能動的他人軸)。
真面目で優秀である人ほど、正解を当てることでほめられてきた成功体験があるため、自ら進んで「外側の声」に合わせにいってしまいます。
ちゃんと行動しているし、周囲から評価もされます。
でも、行動の動機が「外側の声」にある限り、努力して評価されても心からの充足感は得られません。
私自身がまさにこのタイプでした。
「外側の声」が求める期待に合わせて「いちばん正解に近そうな安全圏」を能動的に選び続けてきました。
役割として期待された「仮面」をかぶっていれば、空っぽかもしれない「本当の自分」と向き合う必要もなく、傷つくこともありません。
もっといえば、「本当の自分」が空っぽなのではないかという恐れがあったからこそ、無意識のうちに「世間の正解」を当てにいくことで自分を守っていたのかもしれません。
もう1つは、日々の「やるべきこと」をこなすことに精一杯で、自分の気持ちがわからなくなってしまうパターンです(受動的他人軸)。
朝起きてから夜寝るまで、子どものこと、仕事のこと、家のことなど、次々と湧いてくる「やるべきこと」をこなすうちに、「自分はどうしたいか」を考える間もなく1日が終わってしまう。
あるいは、以前は好きなことや夢中になれることがあったはずなのに、いつの間にかそれが何だったかすら思い出せなくなっている状態です。
このパターンに陥ると、「外側の声」に振り回されているという自覚すら持ちにくくなります。
毎日精一杯生きているのに、なぜか満たされない。
それが、自分の「内側の声」を聞く機会を失っていることによるものだとは、なかなか気づくことができません。
他人軸で生きている限り、がんばっても満たされない
役割期待や同調圧力といった「外側の声」は厄介なプレッシャーでありながらも、無意識にそれに沿った行動をしてしまうのは、それが「もっともらしい正解」に見えてしまうからです。
「これをしていれば、ちゃんとした人だと思われる。だから安心」という思いがどこかにあるのかもしれません。
しかし、他人や世間の「正解」を選び続けても、心からの満足感は得られません。
レールから外れない安心感はあっても、心の底から満たされる感覚や、「これは自分の人生だ」という確かな手応えは得られないのです。
能動的他人軸も、受動的他人軸も、どちらも根っこは同じです。
判断基準が自分の外側にあるために、「自分はどうしたいのか」という「内側の声」が聞こえなくなっている。
それが、どれだけがんばっても満たされない感覚の正体です。
自分軸手帳合同会社代表。
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